COOL&HOT 小宮山理事長対談

小宮山 宏

  • 一般財団法人
    ヒートポンプ・蓄熱センター理事長
  • 三菱総合研究所理事長
  • 東京大学総長顧問

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小泉 武夫

  • NPO法人
    発酵文化推進機構理事長
  • 東京農業大学名誉教授
  • 鹿児島大学客員教授

小宮山理事長対談

受け継がれる伝統の精神とヒートポンプ・蓄熱システムの融合

エネルギー効率の向上がカギ 自然のエネルギーを活用する知恵

小宮山理事長小宮山 日本ではとりわけ産業分野で石油危機以降、乾いた雑巾を絞るように省エネルギーに取り組んできました。1973年から2012年のGDPは2・4倍に拡大したにもかかわらず、産業部門のエネルギー消費量は0・9倍と1割減少しています。持続可能な社会に向け、必達の課題として近年さらに厳しく省エネルギー対策の取り組みがあらゆる部門に求められています。
 これは私の持論ですが、個人の生活水準を過度に下げたり、製造業の減産によるエネルギー消費量の削減ではなく、より小さなエネルギーで、現状の生活水準、製造量を維持する。これが省エネルギーです。エネルギー効率と言い換えてもいいが、これが一番大事です。発展途上国も長期的に先進国と同じような快適な生活をする人が増えてきます。そうすると、全世界で今の3倍ぐらいのエネルギーが必要になります。これを満たすには、住宅であればペアガラスや断熱材を取り付けて、断熱を徹底するだけで、冷暖房のエネルギーは簡単に半分になりますし、技術のさらなる発展により、将来的には1/3~1/4のエネルギーに抑えることができるはずです。やはり、考えるべきことは省エネルギーの重要性です。

小泉武夫様小泉 私も省エネルギーの重要性を、認識しています。江戸時代には非常にエネルギー効率の良い納豆の作り方をしていました。今でも熊本県山鹿市や茨城県太子町の八溝というところでは、穴を掘って、稲わらを敷き、周りをむしろで覆い、炊いた豆を入れ、その上に稲わらをかけ、薄く土を載せ、その上で焚き火をします。焚き火の熱が地下に伝わり、発酵が進むと、微生物自体が熱を発します。あまりエネルギーをかけず、美味しい納豆ができます。また、私は「奇跡の発酵」と呼んでいることがあります。江戸時代、富山県の五箇山で、村人のおしっこから火薬を作っていたのです。尿を捨てずに稲わらに吸着させ、家々の庵の下に二間ぐらいの大きな穴を掘って入れておきます。その上で毎日煮焚きすると、地下に熱が伝わり、土壌細菌が働き始めます。まず尿素が分解され、アンモニアになり、そして酸化していくことで硝酸になっていきます。一方、炭酸カリウムを含むアク汁を、この硝酸を濾した鍋で濃縮する時に入れると、硝酸カリウムになります。つまり火薬となるのです。この製法は明治の初め頃まで行っていたようですが、科学の力も微生物もわからなかった先人たちの知恵には驚かされます。まさに奇跡としか言いようがありません。つまり、利用されていない自然のエネルギーをいかに有効利用するのか、それが本当のエネルギー革命ではないかと感じています。

小宮山 おっしゃる通りです。なにしろ、人間が使っているエネルギーは、結局は太陽エネルギーです。現在使っている量の1万倍にも相当する太陽エネルギーが、自然に満ちています。 その活用を図るのは本当に重要なことです。

革命的なヒートポンプ技術 酒造への普及に期待膨らむ

小宮山 人間が使っている熱は、産業用途では1000~1500℃という高熱を使う場合もありますが、家庭では100℃、お風呂なら40℃程度です。そういう熱を暖めたり、冷やしたりするのは、実は非常に少ないエネルギーで済むというのがヒートポンプです。つまり、エネルギーの消費、特に化石燃料の消費を抑制、削減することが非常に重要で、この対策のキーテクノロジーが「ヒートポンプ・蓄熱システム」なのです。
 工場の冷暖房や冷却プロセスでは、非常にポピュラーなシステムですが、近年、高温型ヒートポンプが開発され、加温・加熱プロセスでの導入も進み、その効果が注目されています。大容量化および高温化技術の発展により、さらに適用範囲が拡がりつつあります。食品工場では、温熱として、「乾燥」「殺菌」「洗浄」「防カビ」「発酵・熟成」などで利用され、冷熱としては、「製品貯蔵」「発酵タンク冷却」などに利用されており、導入が進んでいます。省エネルギーはもちろん、食品製造の現場にもたらす効果では、「現場作業の負担軽減」「きめ細やかな温度管理」「品質向上」などがあげられます。

小泉 私はこれまで多くの酒造や発酵システムを見ていますが、ヒートポンプ・蓄熱システムの導入は「革命」だと思っています。昔はよい日本酒造りには寒仕込みといって、冬の寒い時期に行っていました。気温の低い冬場に仕込みをすることにより、微生物の繁殖や発酵の進み具合を遅くすることで、深みのあるよい日本酒ができるからです。それが冷蔵技術の進歩により、灘や伏見の大きな酒蔵では、徹底した温度管理を行うことで、一年中生産することができる四季醸造が可能になりました。最近では中小の酒蔵でも、設備の導入が進んでいるようです。蒸した酒米を4℃程度の冷水を利用して一気に冷やす工程や、もろみ造りや発酵中のタンクを10℃程度の冷水を利用して温度調整する工程に、ヒートポンプが使われ始めています。また、殺菌などに70~80℃の温水を使ったり、麹造りにも温度調節に温水が利用されるため、冷水と温水を同時に取り出せるヒートポンプも普及が始まっているようです。
 今、ヒートポンプに期待しているのは、日本酒より多く生産されている焼酎造りへの適用です。焼酎造りは、実はものすごくエネルギー効率が悪いのです。蒸留する時に、多くの燃料を使いますが、大抵は加熱した熱をほとんど放出してしまっています。それでは地球温暖化に貢献する産業になってしまいます。また、今後は商品になるまでに、どのぐらいCO₂を排出したか消費者に表示する義務が出てくるはずです。焼酎の蒸留で少しでもヒートポンプが貢献できたなら、大変な革命だと思います。

小宮山知事長と小泉武夫様

小宮山 要するに、焼酎を造るには、温めてアルコール分の多いものを蒸発させて、これを凝縮します。この時の蒸発熱と凝縮熱は、同じ量なのです。つまり凝縮させた時に熱が出ますが、この熱で温めれば、一見エネルギーは要らないはずです。しかしながら、従来の焼酎造りは、110℃程度の熱で温めて蒸発させ、単に水で冷やし凝縮させるだけだからエネルギー効率が良くないのです。熱力学の基本ですが、理論的には圧縮するエネルギーだけ投入していれば、ずっと蒸留を続けられるのです。これは蒸気圧縮式蒸留法というヒートポンプ技術のひとつと考えられますが、ほんの少しの圧縮エネルギーで済みます。エネルギー消費は従来のシステムの数十分の一で済みます。

小泉 これは非常に良いことをうかがいました。全国の酒蔵で活躍する私の教え子たち、「小泉チルドレン」と呼ばれていますが、彼らにも教えて、取り組みたいですね(笑)。さらにこうした技術がもっと理論的に分かるようにしていただければ、より皆さんが興味を持つのではないでしょうか。私もうかがったことがある神戸酒心館では、ヒートポンプを導入し、素晴らしい日本酒を世に出しています。

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Profile

小宮山理事長

小宮山 宏(こみやま ひろし)

  • 一般財団法人
    ヒートポンプ・蓄熱センター理事長
  • 三菱総合研究所理事長
  • 東京大学総長顧問

専門は地球環境工学、科学システム工学、機能性材料工学、CVD反応工学、知識の構造化など。地球温暖化問題の世界的権威。多くの省エネ対策を施した自宅は「小宮山エコハウス」として有名。

小泉武夫様

小泉 武夫(こいずみ たけお)

  • NPO法人
    発酵文化推進機構理事長
  • 東京農業大学名誉教授
  • 鹿児島大学客員教授

福島県小野町の造り酒屋に生まれる。東京農業大学農学部醸造学科卒業後、同大学で研究を続け、農学博士を取得。発酵学者として活躍する一方、食文化論者としても、1994年から続く日本経済新聞夕刊のコラム「食あれば楽なり」をはじめ、書籍は多数執筆。マスコミへの出演、講演も精力的にこなす。