その他の蓄熱槽について

 本編においては「イマドキの蓄熱槽」として、一つの大きな水槽(単独型蓄熱槽、単用式蓄熱槽などという)で構成された蓄熱槽を想定して、蓄熱時や放熱時のプロセスについて紹介してきました。しかし、蓄熱の歴史を振り返ると、「一つの大きな水槽で構成された蓄熱槽のタイプ(温度成層型)」が多用されるようになったのは、近年になってからです。このコラムでは従前から用いられている、「その他の蓄熱槽のタイプ」を紹介します。

 建物の地下にある基礎部分には、二重スラブと呼ばれる余剰空間が存在します。この二重スラブを蓄熱槽として利用した“連結完全混合型蓄熱槽”を説明します。この蓄熱槽は60年以上も前に登場して以来、現在も採用されている伝統的な蓄熱槽です。

 図-1の地下部分(図中赤破線)に注目すると、二重スラブには小さな空間が数多く有ることがわかります。それぞれの空間を配管(連通管)で繋げて長い水の流れを形成させ、(小型水槽群の集まりからなる)一つの大きな蓄熱槽と見立てたものです。二重スラブはあくまで構造上の目的ですので、ひとつひとつの空間は等体積ではなく、整然と並んでいるわけではありませんが、面的に広がりをもち浅い水深(1〜2m)の小型水槽群をなしています。この例では44槽もの小型蓄熱槽が連結され、一つの大きな蓄熱槽とみなされます(図-2)。

図1

図2



 コラム7-1では、蓄熱槽内へ注水する水の流速を遅くすることが意味を持つ旨の説明をしてきました。即ち、“温度成層型蓄熱槽”と呼ばれ、正に“温度成層”の形成を意図したものでした。一方、建物の二重スラブを活用した“連結完全混合型蓄熱槽”は、文字通り、配管(連通管)で連結された小型水槽内それぞれで“完全混合”させるという意味を表しています。
 はじめてこの言葉を聞くと“温度成層”と“完全混合”は正反対の意味であるとイメージするかもしれません。ですが、“連結完全混合型蓄熱槽”というのは小型水槽のひとつひとつは“完全混合”を目指すが、それらが連結され、全体を一つの大きな蓄熱槽としてとらえた場合に、結果として“温度成層”と同様の温度変化をしているように見えることから付けられたネーミングとなっています。大変分かりづらいことと思いますので、説明を続けます。

 図-3(A)に小型水槽内の水流のイメージを示します。蓄熱槽ごとに上下左右交互に設置された連通管は、小型蓄熱槽内に流れる水が各槽内で広範囲にかき混ぜられることを期待して、はすかいに設置(通過距離を長く)しています。小型蓄熱槽内を十分にかき混ぜる(完全混合)ことで、各水槽の水が蓄熱量の一部となり得るわけです。
 仮に、蓄熱槽内が十分にかき混ざっていないと、槽内を流れる水は、上流側の連通管から下流側の連通管へと短い流路で(短絡的な管路状の流れをイメージしてください)通過していきます。つまり、槽内全体に占める水のうち、蓄熱に関与しない水域(混ざることのない水域、“死に水”という)が存在してしまうことを意味します。その結果、蓄熱量(水の温度差)に寄与できる水の体積割合が減少することとなります。

 各小型蓄熱槽内の水温のカラーイメージを図-3(B)に示します。両端の水槽はそれぞれの温度帯のカラー1色で塗りつぶされていますが、中央2つの水槽に(ピンク色破線部分)ついてはグラデーションが形成されていることがわかります。すこし視点を引いて蓄熱槽全体を見てみると、さきほど注目したピンク色破線部分の蓄熱槽は数多くある小型蓄熱槽群の一部であると捉えることができます。蓄熱槽の数が多いほど、“完全混合”している部分は小さな部分であるとみなすことができます。
 いま注目していた一つの大きな蓄熱槽を90°回転させてみると、上下方向に連結した図-3(C)となり、さらに図-3(D)のように温度成層型蓄熱槽へとイメージがつながります。このような経緯から、平面的に多くの小型蓄熱槽が連結された「連結完全混合型蓄熱槽」においても、実は“温度成層型”を指向した蓄熱槽であることがイメージできると思います。

 なお、小型の蓄熱槽内それぞれにおいては、死に水領域を除外する(完全に混ぜる)ことが重要ですので、(後述する槽内水位などを勘案しながら)流速を上げること、あるいは完全混合を期待できないような場合には、小型水槽内に流路長を延長する邪魔板(パーテション)を設置して、混合の促進を図ることもあります。これは、小型水槽の数が増えたことと同様の効果をもたらします。

図3



図4

 「連結完全混合型蓄熱槽」において、総水量は同じであるが小型水槽の数が異なる場合の、蓄熱槽出口における水温の推移を図-4に示します。
 小型蓄熱槽の数(例では、5槽・10槽・15槽・20槽)が増えるほど、取り出し冷水温度(例では7℃)を長時間保持でき、放熱終了時間(例では蓄熱槽水量が一巡する時間)が近づくと取り出し冷水温度が上がり始め、最終的には蓄熱槽入口水温(例では14℃で注水)に近づきます。(設計)取り出し冷水温度が、より長時間に渡りキープできるほど蓄熱槽効率が高く(良い)、2次側での熱利用が効果的に行えることを意味しています。図-3(B)で説明したように、槽数が増えるほど水温のグラデーション部分(例では、注水側水温7℃と流出側水温14℃の遷移域)の割合が相対的に小さくなるので、放熱終了の間際に取り出し冷水温度が急上昇することが読み取れます。
 ちなみに、連結完全混合型蓄熱槽において、取り出し冷水温度を実用温度に保持するためには、従前の知見から小型の蓄熱槽が15槽以上必要と言われています。

 さて、これまでの説明の中では蓄熱槽内全体が7℃の状態でスタートし、蓄熱槽内へ注水する水の温度は14℃固定であり、蓄熱槽内の水が全て入れ替わるタイミングで放熱終了としていました。しかし、現実には冷凍機稼働による冷却と空調機による放熱が同時に発生し、槽内水も全て入れ替わるタイミングで運転終了を迎えるとは限らないので、槽内水の温度は、毎日同じ条件で繰り返すということはありません。蓄熱槽入口での冷水は固定温度(例では14℃)で一定注水されることは、むしろまれです。実建物の多くでは、ゾーン別に設置された複数の空調機から、それぞれ少々バラついた冷水温度でヘッダーに戻り、さらに蓄熱槽へと注水されることとなります。

 蓄熱槽効率を高く(良く)するコツは、2次側からの戻り水温を設計温度までしっかりと利用し尽くすことであり、これは「温度成層型蓄熱槽」と「連結完全混合型蓄熱槽」に共通していえることです。また、連結完全混合型蓄熱槽においては、それぞれの小型蓄熱槽内を完全混合させ、“死に水”を作らないことです。いずれにせよ、蓄熱槽効率の向上は蓄熱槽単独で解決できる問題ではなく、1次側(熱源側)と2次側(放熱側)を含めたトータルシステムであることを意識して捉えることが重要です。



 これまで説明してきたように、「連結完全混合型蓄熱槽」の場合、それぞれの小型蓄熱槽内において“完全混合”を促進させるため、水の流速を速めることが重要ですが、注意すべき事項が存在します。図-5に示す連結完全混合型蓄熱槽で発生する水位差のイメージで説明します。(※説明のしやすさからデフォルメしており、熱源機械や空調機等を含んだ現実の蓄熱システムの配置とやや異なります)

図5

 水の移動(流速)は前後にある小型蓄熱槽間の水位差に依存します。図-5(a)はポンプが動いていない初期状態ですので、各槽間に水位差はありません。ポンプを動かすと図‐5(b)の[D]槽から冷水が汲み出されますので、[D]槽の水位は下がり、[C]槽と[D]槽の間に水位差①が生じます。その水位差①によって、水中にある連通管(3)を通過する水の流れ( [C]槽→[D]槽)が形成されます。その結果、 [C]槽の水位も下がり、水中にある連通管(2)を通過する水の流れ( [B]槽→[C]槽)と、水中にある連通管(1)を通過する水の流れ( [A]槽→[B]槽)が引き起こされます。
 この時、連通管を通過する流速Vはベルヌーイの定理から求められる式で表され、前後の水位差△H(例では①・②・③、は重力加速度)に支配されます。従って、連通管を通過する流量Qは、基本的に連通管の断面積Aと流速Vの積(コラム7-1「連続の式」式-(2)参照)と同様になります。

 ただ現実には、流速Vや断面の形状に応じて流れ方に乱れ(縮流といいます)が生じますので、補正係数αを導入して式(Q=αA×V)により流量算定が行われます。この“縮流”の発生を抑えるために、トランペットやラッパの先端と同様の形状(ベルマウス)が連通管の両端に施されます。なお、図-5(b)に示すように、[D]槽から汲み出された冷水が空調機を経由(放熱)し、[A]槽に戻る回路において、水位差①・②・③に応じた適切な槽内流れを形成させる必要があります。

 しかし、図-5(c)に示すように、くみ上げポンプ流量が多すぎると、[A]槽に戻った冷水を[B]槽にすべて送ることができず、冷水の一部が[A]槽から溢れ出す状況が発生します。これは端部の[A]槽に限ったことではなく、中間の槽でも起こり得ますので、「水位差に起因する流速」を見据えた小型蓄熱槽の容量と水位、連通管径と連通管位置などを見定める必要があります。しかも、“完全混合”させるために流速を過剰に設定すると、大きな水位差が必要となり、これは(a)初期状態における水面上部の空間の過大要求を意味するので、結果的に蓄熱槽全体の水量が減少し蓄熱量不足を起こすため、適切な設計が求められます。



 なお、蓄熱槽内から床面等への溢れ出しを予防する安全装置として、図-5で示す汲み出し[D]槽と戻し[A]槽を(近接するよう配置して:図-6)オーバーフロー管で接続することもありますが、最適な処置で無いことは言うまでもありません。

図7

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