冷凍運転がタイヘンな理由

 本編では冷凍/冷蔵ストッカーの冷凍運転と冷蔵運転を比較し、冷蔵運転に比べ冷凍運転が“タイヘン”ということに触れました。
 冷凍運転はなぜ“タイヘン”だったのかを説明する前に、冷凍機(冷媒)の動きを「冷媒の圧力」と「冷媒の比エンタルピー(保有する熱量)」で表現した【モリエル線図(p-h線図)】について簡単に説明します。

 電動冷凍機内を循環し、自らの姿を液体や気体へと変えながら、冷却や加熱の役割を担っている「冷媒の3形態」を、マップ (モリエル線図のスタイル)として図-1に示します。
 冷媒の圧力(縦軸)、および比エンタルピー(横軸)の組み合わせにより、①過冷却液として存在する領域、②湿り蒸気として存在する領域、③過熱蒸気として存在する領域に区分されます。

図1


 図-2に電動冷凍機における冷媒変化の様相(冷凍サイクル)(モリエル線図)を示します。電動式冷凍機では、冷媒を「圧縮機→凝縮器→膨張弁→蒸発器→圧縮機」と各要素機器間を循環(冷凍サイクル)させ、要素機器ごとに変化する冷媒の形態や温度の違いを利用して、冷却と放熱の効用を体現していますが、冷媒の状態を捉える目的でモリエル線図が多用されます。ちなみに、モリエル線図は冷媒の種類毎に提供されています。

図2


 図-1に示したように、①過冷却液状態②湿り蒸気状態との分界線を(1)飽和液線②湿り蒸気状態③過熱蒸気状態との分界線を(2)飽和蒸気線と呼んでいます。また、図-2の(4)等温線は、冷媒の圧力と比エンタルピーの組み合わせが異なっても、その線上であれば冷媒温度が同一であることを表しています。図中のループ線(ア)→(イ ”)→(イ)→(ウ”)→(ウ)→(エ)→(エ“)→(ア“)→(ア)は要素機器内を循環している冷媒の状態変化(冷凍サイクル)を表しています。


 以下に要素機器内を循環している冷媒の状態変化を「ヒートポンプWEB講座 3時限目」で取り上げた「冷房のしくみ」を用いて説明します。

Ⅰ膨張弁.(ア)→(イ”)→(イ)[膨張弁での減圧・温度降下]

図-2において、高圧でぬるい液体状態の冷媒(ア)は膨張弁で減圧され、液体と気体が混合した低圧で冷たい冷媒(イ)に変化します。この時、外部との熱授受が無い断熱膨張ですので、冷媒自身の持つ熱量(比エンタルピー)はそのままで、自体の温度が下がります。また、飽和液線と交わる(イ”)を過ぎると冷媒が徐々に気化し、気液混合状態になります。

Ⅰ膨張弁


Ⅱ蒸発器.(イ)→(ウ”)→(ウ)[蒸発器での蒸発冷却]

図-2において、蒸発器内に入りこんだ冷媒(イ)(液リッチな気液混合状態)は等温のまま(潜熱変化)徐々に液冷媒が蒸発し、ついには全て気体冷媒(ウ)へと姿を変えます。

※上記は簡易的な説明となりますが、蒸発器内における冷媒の実態としては、蒸発器内に到達した気液混合状態の冷媒が(イ)→(ウ“)にて液体冷媒が全て気体冷媒となったあと、気体冷媒は外界からの加熱により冷媒温度が幾らか上昇(加熱された気体冷媒:過熱蒸気と言う。顕熱変化)し、(ウ)に至ることになります。

Ⅱ蒸発器


Ⅲ圧縮機.(ウ)→(エ)[圧縮機での加圧昇温]

図-2において、圧縮機に吸引された気体冷媒は、圧縮機で加圧(断熱圧縮)され高温の気体冷媒となります。

Ⅲ圧縮機


Ⅳ凝縮器.(エ)→(エ”)→(ア“)→(ア)[凝縮器での凝縮放熱]

図-2において、凝縮器に入りこんだ高温の気体冷媒(エ)は、 凝縮器外の冷却用流体(水や外気)により熱交換され、液体冷媒へと姿を変えて(ア)に至ります。なお、冷凍機を加熱源とする場合(ヒートポンプ)は、このプロセスで空気調和機や給湯機などの二次側機器類を(水や外気により)加熱・加温します。

※上記は簡易的な説明となりますが、凝縮器内における冷媒の実態としては、凝縮器入口に到達した気体冷媒(エ)は外界からの冷却により徐々に温度を下げ(エ”)となり(顕熱変化)、等温のまま(潜熱変化)で気体が徐々に液化し減少しながら、ついには全て液体(ア”)に変化します。
(ア”)を過ぎると液体冷媒は外界からの冷却により冷媒温度が幾らか下降(冷却された液冷媒:過冷却液と言う。顕熱変化)し(ア)に至ります。

Ⅳ凝縮器


 図-2中央部から下側、冷却側の蒸発器部分(イ)→(ウ)は、冷凍機の冷凍(却)能力に相当します。蒸発器で液体冷媒1kgが周囲から奪う熱量(冷凍効果)は、比エンタルピー差《(ウ)-(イ)》となります。蒸発器にて周囲から熱を奪い過熱蒸気となった気体冷媒は圧縮機にて圧縮されます。このときの冷媒1kgあたりに必要な圧縮動力(電力)は、比エンタルピー差《(エ)-(ウ)》となります。
 図-2中央部から上側、放熱側の凝縮器部分(エ)→(ア)は冷凍機の放熱能力(※1)に相当します。逆に、凝縮器の凝縮熱を二次側の暖房や給湯機加温など温熱利用する場合は、加熱能力を意味します。凝縮器で冷媒1kgが周囲に放熱する熱量(温熱を利用する場合は加熱能力)は比エンタルピー差《(エ)- (ア)》となります。

(※1)蒸発器で被冷却流体(水や空気)から奪った熱(冷凍機の主目的である冷却熱量Qe)と、圧縮機を稼働させた動力(電力P)が断熱圧縮により冷媒温度を上昇させたことに起因した熱(QP)を合わせて、凝縮器で被加熱流体(水や空気)へ熱QC=[Qe+QPとして渡され(捨てられ)る。三者がバランスした状態で冷凍機は稼働する。一般の冷却目的の冷凍機では捨てられる熱量QCであるが、その熱を利用する立場では加熱熱量QCとなる。

 さて、本編では「冷凍はタイヘン」ということを確認するために「冷凍設定のストッカー」と「冷蔵設定のストッカー」の運転を比較しましたが、冷凍設定はなぜ“タイヘン”だったのかを図-3に示す「モリエル線図(p-h線図)」を用いて説明します。

 冷蔵設定ストッカーの冷凍サイクルを水色で示します。冷凍ストッカーより高い庫内温度、即ち、蒸発器の冷媒温度は等温線[(イ’)(ウ’)]で表せます。
 一方、冷凍設定ストッカーの冷凍サイクルを濃い青色で示します。低い庫内温度、即ち、蒸発器の冷媒温度は等温線[(イ)(ウ)]で表せます。2台のストッカーは共に同じ室内(同一環境下)に設置されており、凝縮器に放熱のために取り込む空気温度の差は無いので、凝縮器内での冷媒温度、即ち等温線[(エ’)(ア’)]と[(エ)(ア)]は共に同じ温度です。

 この時、冷蔵設定ストッカーの圧縮動力は[(ウ’)(エ’)]であり、冷凍設定ストッカーの圧縮動力は[(ウ)(エ)]となります。冷凍モードの圧縮動力[(ウ)(エ)]の方が、冷蔵モードの圧縮動力[(ウ’)(エ’)]より大きいので、冷凍設定ストッカーの運転(圧縮動力)の方が“タイヘン”だった、というわけです。

 本編で紹介した「冷蔵/冷凍運転の比較」では、「高温設定の冷蔵ストッカー庫内」と「低温設定の冷凍ストッカー庫内」を冷却する蒸発器内の冷媒蒸発温度は、それぞれで異なっていましたが、両ストッカーの庫外空気(凝縮器を冷却する周辺空気)は同一温度でした。

図3


次に、2台のストッカー共に冷凍モード(蒸発器・蒸発温度は同一)に設定し、逆に、庫外周囲の環境温度を意図的に差を付け、その影響を見てみます。図-4にコラムでの実験に使用する実験装置概要を示します。ストッカー①の周囲を断熱材で囲み(断熱材BOX)、ストッカーからの排熱を閉じ込めることで凝縮器周辺の空気温度を高くしました。一方、ストッカー②の周囲は通常の室内のままです。実験はストッカー内のペットボトル(ブライン)温度が安定するまで運転を行い、各種計測器を用いてストッカーの周辺温度(Ⅰ)(Ⅰ’)、ストッカー庫内温度(Ⅱ)(Ⅱ’)、ブライン温度(Ⅲ)(Ⅲ’)、および使用電力量を計測しました。

図4


 ストッカー周辺温度、庫内温度、ブライン温度の時刻別推移を図-5に示します。断熱材で囲まれたストッカー①(緑線)の周辺温度は、ストッカー②(紫線)の周辺温度に比べて約10℃程度高かったことが確認できます。庫内温度・ブライン温度については、ストッカー②が早く冷却される傾向にあり、ストッカー①の間に若干の温度差がありますが、時間経過とともに両者の温度は近い値に収束し、同温と見なせます。
 2台のストッカー内は同じ「冷凍設定」でしたが、断熱材BOXで囲んだストッカーは凝縮器に取り込む空気温度が高かったことで、使用電力量が増えています。

図5


 図-6にコラムでの実験におけるモリエル線図(イメージ)を示します。2台のストッカーは共に冷凍モードに設定されており、庫内蒸発器内の冷媒温度、即ち、等温線は[(イ)(ウ)]と[(イ’)(ウ’)]で示されます。

 断熱材で囲まれたストッカー①の冷凍サイクルを緑色で示します。断熱材BOX内の高い空気温度、即ち、凝縮器内の冷媒温度は [(エ’)(オ’)(ア’)]で、また、圧縮動力は(エ’)(ウ’)の比エンタルピー差[(エ’)(ウ’)]で表せます。
 一方、通常室内のストッカー②の冷凍サイクルを紫色で示します。通常室内の低い空気温度、即ち、凝縮器内の冷媒温度は [(エ)(オ)(ア)]で、また、圧縮動力は(エ)(ウ)の比エンタルピー差[(エ)(ウ)]で表せます。
 なお、凝縮器における冷媒の過冷却度は一般に5℃程度ですので、 [ (オ’)(ア’)]および[(オ)(ア)]、並びに[(イ)(イ’)]における過冷却の温度差は同一として図示しています。

 結局、断熱材BOXで囲まれたストッカー①の冷凍能力を表す[(イ’)(ウ’)]は小さく、圧縮動力[(エ’)(ウ’)]は大きいので、使用電力量が大きく(冷凍機効率が低い) 「タイヘン」なことが判ります。

図6

ページの先頭へ

コラム一覧ページへページを閉じる