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カーボンニュートラル

No.16 蓄熱槽を活用したディマンドリスポンスの推進

アズビル株式会社 ビルシステムカンパニー 
ファシリティマネジメント本部(兼務:環境ソリューション本部) 課長
名古田 知志 氏
2003年:大阪大学工学部環境工学専攻 卒業
2005年:大阪大学大学院工学研究科環境エネルギー工学専攻 博士前期課程修了
2006年:Vulcanus in Europe(Latvijas Finieris社)修了
2007年:株式会社山武(現 アズビル株式会社) 入社
2008年:大阪大学大学院工学研究科環境エネルギー工学専攻
    博士後期課程修了 博士(工学)
技術士(衛生工学部門)、著書「業務フロー図から読み解く ビジネス環境法」(レクシスネクシス・ジャパン、2012年)

①はじめに:電線の向こう側を考えよう

現在使用している電気がどこから供給されているのか、意識したことがあるでしょうか。日本の電力システムは、これまで高度に発展した結果、安定的な運用が当たり前のものとなり、人々はいつでも必要な量の電力を容易に利用できるようになりました。一方で、この極めて高い利便性は、人々が電力システムの上流側を意識する機会を失わせる要因にもなったように見受けられます。

地球温暖化を始めとする環境問題が深刻化していく中で、第7次エネルギー基本計画(1)では、日本の電源構成における再エネ割合(太陽光発電、風力発電など)を2023年度22.9%から2040年度には40%~50%割程度に引き上げる見通しが示されています。再エネは、出力の不安定な電源であるため、その割合が全体の半分を占めるようになると、電力の需給バランスを維持することがこれまで以上に難しくなります。そのため、電力供給側だけに調整を任せる消費スタイルから脱却して、電力供給側に寄り添うデマンドサイドでの取り組みが、ますます重要になると考えます。このように、電力供給状況に応じて消費パターンを変化させる仕組みは、ディマンドリスポンス(DR:Demand Response)と呼ばれています。

②省エネ対策の新しい視点

DRは電力供給側の効率性・安定性の確保に寄与するだけでなく、需要家側にも省エネルギー効果をもたらします。省エネルギー対策としては、設備更新や稼働時間縮減などで電力消費量を低減させる手法が一般的ですが、電力消費量そのものを削減せずとも、日々変化する電力供給側の状況に応じて消費時間帯を変えるだけで、省エネルギーにつなげることが可能です。

省エネルギー法(2)では、電力の一次エネルギー換算係数(時間帯別電気需要最適化係数)を以下のように定義しています。

  • 再生エネ出力制御時: 3.6MJ/kWh

  • 需給状況が厳しい時:12.2MJ/kWh

  • その他の時間帯  : 9.4MJ/kWh

これらの換算係数が意味するところは、同じ1kWhの電力消費であっても、電力を消費するタイミングによって、一次エネルギー使用量の評価値が変わるということです。具体的には、再エネが余剰となる時間帯に消費された電力は、一次エネルギー使用量としては小さく評価され、一方で、電力需給が逼迫している時間帯に消費された電力は、一次エネルギー使用量が大きいとみなされます。つまり、電力消費者は、再エネが余剰となっている時間帯に電力消費をシフトするなど、電力供給側の状況を意識した電力の使い方をすることで、省エネルギーを推進することが可能になります。

③業務用建物におけるDR手法

業務用建物(オフィス、商業施設、ホテル、病院等)におけるDR手法について、以下3つの項目に分けて紹介します(図1)。主な制御対象設備は、熱源システム、空調機、ファン、照明、発電機となります。

需要抑制

シンプルな手法としては、設備の停止がありますが、設備を完全停止させると室内環境への影響が大きく出ることもあるため、室内温度やインバータ出力などの設定値を調整する手法も組み合わせます。設備を細やかに制御することで、建物の運用に支障をきたさないように配慮します。

エネルギー源切替

発電機やCGSの起動・停止、電気熱源機とガス熱源機の切替があります。電力とガスを切り替える手法ですが、電力・ガスの消費バランスが変化するため、エネルギーコストやCO2排出量などへの影響を確認する必要があります。

需要移行

エネルギーストレージシステムである蓄熱槽や蓄電池を活用することで、電力の消費・抑制のタイミングを変更します。蓄電池は、コストや設置場所の確保等に問題が残っており、業務用建物での採用率は依然として低く、普及拡大が検討されている段階です。一方で、蓄熱槽は、長い歴史を持ち日本全国で既に広く普及しています。これまでにも電力系統の安定化に大きく貢献してきており、電力インフラの一端を担ってきたと言えます。

④蓄熱槽に期待される役割

蓄熱槽が空調用途として初めて日本に導入されたのは、1952年とされています(3)。当初は熱源機の容量を低減することを主目的に導入されていましたが、その後、蓄熱槽に期待される役割は多様化していきます。夜間電力の利用や昼間のピークカット、省エネルギーの推進、さらには非常時の雑用水活用など、蓄熱槽はその時々の社会課題に応じて柔軟に活用されてきました。

しかしながら、近年では、原子力発電所の設備利用率低下等の影響を受け、蓄熱槽の価値が見えづらくなっています。蓄熱槽には電力需要パターンを柔軟に変動させるポテンシャルがあるものの、その能力が十分に発揮されていないことが、その一因と考えます。

現在、一般的な蓄熱槽の運用は、夜間に蓄熱し、昼間に放熱するという年間固定のスケジュールとなっています。しかし、電源構成が大きく変動している中で、特に再エネの普及が進む現状では、日々の運用パターンを細やかに変更することが求められています。このように電力供給状況に合わせてDRに対応していくことが、蓄熱槽の新たな役割ではないかと考えます。第7次エネルギー基本計画にも、蓄熱槽を活用して、DRの更なる普及を図っていくことが必要とされています。

⑤蓄熱システムのDR対応に向けた制御開発

(1)蓄熱制御アプリケーション

既存の蓄熱システムは、運用を細かく変更できるような設計になっていないものも多くあります。これは、設計当時(2000年代初頭)の電源構成においては、年間を通じて電力需要の夜間移行が重要であり、夜間に蓄熱し昼間に放熱するという年間固定パターンでの運用が前提とされていたためです。

そこで、当社アズビルでは、簡単な設定操作で、蓄熱と放熱の運転時間を機動的に変更できるように、DR対応のアプリケーションの新規開発を進めています(図2)。

また、アプリケーションの導入に際しては、事前にシミュレーションを行い、DR対応の可否を検討します。DRを実施することによって、建物運用に支障をきたすことがないように、以下3項目について確認します。

空調負荷対応

DRを実施しても安定した熱供給が維持できることを確認します。例えば、下げDR対応で蓄熱槽を完全に放熱させてしまうと、DR後の供給熱量が不足することも考えられます。このようなことがないように、残存蓄熱量や空調負荷を考慮しながら運転計画を立てます。

電力デマンド

DRの実施により、建物の電力デマンドが、需要家が電力会社と締結している契約デマンドを超過する可能性もあります。下げDR対応で放熱時間帯をシフトした結果、本来放熱していた時間帯で契約デマンドを超過してしまう場合や、上げDR対応で昼間に蓄熱運転を行った結果、契約デマンドを超過してしまう場合などが考えられます。契約デマンドを超過した場合には、目的がDRであったとしても、ペナルティが発生します。そのため、基本的には契約デマンドの範囲内でDR対応するように運転計画を立てます。

エネルギー効率

DR実施により、熱源システムのエネルギー効率が大幅に低下することがないように、エネルギー効率への影響を評価します。可能な限り、エネルギー効率の確保あるいは向上とDR対応が両立できるような運転を目指して計画を考えます。

(2)AutoDR™(遠隔制御)

DRを実施する際に、設備管理者が手動で設備機器を操作しようとすると、設備管理者に負担がかかるだけでなく、タイムリーで細やかな制御の実現が難しくなるという問題もあります。そこで、遠隔から自動でDR制御を実施する仕組みが注目されています。最近の動きとしては、資源エネルギー庁が立ち上げたDRready勉強会においても、DRリソースの設備を対象とした遠隔制御の検討がされています。

アズビルにおいては、遠隔制御を活用したビジネスを1984年から開始しています。ビル管理業務の省力化を目的に、アズビルの集中管理センターとお客さまの建物にある中央監視装置を通信回線で接続して、遠隔監視・制御を実施する総合ビル管理サービス BOSS-24™を提供してきました。この技術を応用して、DR向けの遠隔制御システム(AutoDRTM)の開発を進めています。

AutoDRTMは、クラウドから現地の中央監視装置にDR用の制御指令を出し、中央監視装置を通じて現地設備を操作する仕組みとなっています。遠隔からDR制御を実施することで、人手を介すことなく、きめ細かなDR対応が可能となります(図3)。

⑥今後

カーボンニュートラルの実現に向けて、DRは重要な手段であるとの共通認識は形成されており、電力市場(容量市場、卸電力市場、需給調整市場)におけるDRリソースの調整力取引の運用も開始されています。

しかしながら、特に業務用建物においては、DRが十分に普及しているとは言えず、単一企業の取り組みだけではその推進に限界があります。アズビルが制御技術を中心にDRを実現できる現場環境を整えたとしても、DR対応電気料金・蓄熱技術・公的施策等がなくては、事業推進は困難です。

そのため、自社が取り組んでいる領域や市場を超えたあらゆる企業との連携が重要になってきます。このような意味でDRの推進には、「競争」よりも「協創」が重要であると考えています。今後もさらに広範な外部組織・企業との積極的な連携・協業を進め、商品力や価値提供の強化を精力的に進めるとともに、お客さまの事業への貢献・社会貢献を拡大し、持続可能な社会へ「直列」に繋がる貢献を果たしていきたいと考えます。

参考文献

(1)経済産業省資源エネルギー庁,エネルギー基本計画の概要,令和7年2月
(2)経済産業省資源エネルギー庁,省エネ法の手引き工場・事業場編,令和5年度
(3)空気調和・衛生工学会,空気調和・衛生工学vol.56,昭和57年6月
※AutoDRはアズビル株式会社の登録商標です。
※BOSS-24はアズビル株式会社の登録商標です。

図1:業務用建物におけるディマンドリスポンスリソース
図2:蓄熱制御アプリケーション設定画面サンプル
図3:AutoDRTMのイメージ