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令和5年11月15日

住宅・建築物の脱炭素化に向けた電気ヒートポンプと再エネの飛躍


ご所属・職位:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 准教授
ご 氏 名 :前 真之
ご 経 歴 :
 2003年 東京大学大学院工学系研究科建築学 博士課程修了
      日本学術振興会特別研究員として建築研究所に勤務
 2004年 独立行政法人建築研究所 研究員
      東京大学大学院 東京電力寄付講座 客員助教授
 2008年 現職

学生時代より一貫して住宅の省エネルギーや室内環境に関する研究を行っており、給湯・暖冷房・換気・自然光など幅広いテーマに取り組むとともに、実住宅の設計にも関わっている。著書に「エコハウスのウソ2(日経BP)」。

 
 
 
 
 
 
 
 
 


 筆者は、大学の建築学科の学部生だったころから四半世紀にわたり、一貫して住宅のエネルギーを研究している。研究の目標は、「冬暖かく」「夏涼しい」「健康・快適な暮らし」を「日本で暮らす全ての人に」届ける、といういたってシンプルなものである。この目標の達成には、電気ヒートポンプの活用、特に再生可能エネルギーとのコンビネーションが核となるが、解決すべき課題も少なくない。
 本稿では、住宅の省エネの進展を中心に、最後は非住宅の学校建築にも触れつつ、エネルギーコストの低減と脱炭素に向けた、電気ヒートポンプと再エネ(特に太陽光発電)の重要性と課題を論じることとする。


 Contents

  ①省エネ家電の筆頭格は冷蔵庫
  ②エアコンでの暖房が当たり前に
  ③エアコンのハード効率は頭打ち
  ④エアコンの「畳数の目安」は購入者を混乱させている
  ⑤住宅の断熱性能向上に見合ったエアコンのあり方
  ⑥おひさまエコキュートは再エネ活用のエースだが
  ⑦学校の脱炭素化は、断熱+電気ヒートポンプ+太陽光をセットで一度に
  ⑧電気は最高のエネルギー その恩恵を全ての国民に

①省エネ家電の筆頭格は冷蔵庫

 住宅での電気ヒートポンプの活用といえば、まずは冷蔵庫。年間8760時間、常に稼働する家電のため、消費電力量がかなり大きい。平成30年度電力需給対策広報調査事業の調査によると、関東の住宅の全電力消費量のうち冷蔵庫は19.8%を占めて最大であり、省エネ型への買い替えは現在も非常に有力である。ただし、冷蔵庫はラベル等に表示されている消費電力量と実体の乖離が指摘され、JISの評価方法が1999年と2006年の2回にわたり大きく変更された経緯がある。ヒートポンプの実使用効率の評価の難しさを先取りしたのが冷蔵庫ともいえよう。

②エアコンでの暖房が当たり前に

 冷蔵庫についで、住宅でのヒートポンプ機器といえば、なんといってもエアコンである。以前は冷房専用のクーラーであったものが、暖房もできるエアコンに進化した。特に、日本メーカーはインバーターによる冷暖房能力の向上と省エネ化に熱心で、未だにインバーター非搭載が主流のアメリカなどに比べ依然としてアドバンテージがある。暖房を石油・ガスから、よりエネルギー効率の高い電気エアコンに変更していくことは、住宅の脱炭素化においてきわめて重要であり、かつ室内空気質の改善にもつながる。暖房のエアコン主力化はメーカーや電気事業者にとっては好都合かもしれないが、実際の電気代節約に向けては、多くの課題が残されている。

③エアコンのハード効率は頭打ち

 エアコンのエネルギー効率は近年頭打ちで、今後も大きな進化は望みにくい。《図1》に示すように、エアコンのエネルギー効率の指標である「通年エネルギー消費効率(APF)」は、ここ10年にわたり完全に頭打ちの状況である。エアコンのトップランナー制度は2010年以降、新たな目標基準値の設定がなく放置されてきたが、昨年になってようやく2027年の目標が新たに定められた【表1】。 一方で、APF目標基準値の平均は、2010年の5.2から2027年の6.3と、17年かけて2割の向上にとどまっており、向上余地の限界が露わになっている。効率向上に有効な熱交換器の大型化は、銅やアルミなどの資源高の影響で困難となりつつある。ヒートポンプのアキレス腱である冷媒をふんだんに使う(漏らす)ことも、世界の厳しい視線にさらされている。今後のエアコンは、「APFのようなカタログスペックではなく実使用効率を高める」「台数を追わない」ことが求められるが、残念ながら業界の動きは真逆である。

④エアコンの「畳数の目安」は購入者を混乱させている

 一般に、エアコンは冷房定格能力からの「畳数の目安」で選ばれる。あるメーカーの例を【表2】に示すが、同一機種の中で冷房能力2.2kW(6畳用)から、9.0kW(29畳)用まで、実に11区分もある。一方で、室内機・室外機の重量は、4段階でしかない。また《図2》をみれば明らかなように、冷房は定格能力と最大能力の差がごく小さく、表示能力ごとに(不自然に)キレイに並んでいる。一方、暖房は定格能力と最大能力の差が大きく、かつ最大能力は重量の段階ごとにほぼ同じである。つまり、実際のハード構成としては4区分しかないのを、制御側で冷房定格能力のアッパーリミットを設け、細かく能力差をつけている疑いが濃厚なのである。こうした、同じハードをなるべく大きな畳数用として、割高で販売し利益を上げる日本独特の商慣行は、もはや業界の秘密でもなんでもない。「エアコンを選ぶなら6畳用・10畳用・14畳用が有利」といった情報は、SNSや動画サイトであふれている。賢い購入者や住宅設計者は、いつまでもごまかされないのだ。




⑤住宅の断熱性能向上に見合ったエアコンのあり方

 日本の住宅は、世界的に見て断熱性能が著しく劣っていることは、長年にわたり繰り返し指摘されてきた。1999年に設定された断熱等級4が、20年以上にわたり最上位等級として放置されていた事実は、その一つの象徴である。2022年になってようやく、断熱等級5・6・7が新設された。2024年04月から開始される住宅性能ラベリングにおいて、この断熱等級が7まで表示でき、断熱の重要性が広く認知されると期待されている《図3》。一方でエアコンの方は、こうした住宅の断熱性能の向上を全く反映していない。そもそも先の「畳数の目安」は、1970年の空気調和・衛生工学会の指針を元に定められた年代物。断熱も日射遮蔽もほとんどなかった時代の値を漫然と用い、ムダに大きなエアコンを売り続ける方が儲かるから、と惰性にまかせているのが現実である。エアコンのエネルギー効率は、定格能力の半分程度の領域にエネルギー効率のピークがあり、高負荷・低負荷領域では効率の低下がある《図4》。エアコンを各室に1台ずつ置くこれまでの個別空調方式は、高断熱住宅においては低負荷・低効率運転の頻発をまねき、高断熱化による熱負荷低減に見合った電気代の削減につながらない。高性能住宅を手掛ける住宅供給業者の中では、暖房・冷房をそれぞれ1台の壁掛けエアコンでまかなう「床下エアコン」「ロフト・小屋裏エアコン」がすでに広く普及している《図5~7》。住宅全体の熱負荷を1台で分担することで、エアコンの中負荷・高効率運転を促し電気代の削減につながる効率的な方式だが、台数が稼げなくなる都合の悪い方式として、多くのメーカーは否定的な態度を崩さない。本来は、建物性能を反映し、電気代を効果的に削減できるエアコンを購入者が容易に選べる仕組みが期待される。一方で、メーカーは現状の1000万台弱の巨大市場の維持に執着するあまり、ヒートポンプの本来の力を発揮させすることなく、不要な設備と電気代を購入者に負担させていると批判されても仕方ない状況である。







⑥おひさまエコキュートは再エネ活用のエースだが

 1996年の白色LED照明と並び、2001年登場のエコキュートは世界初のヒートポンプ給湯機として、高効率設備の金字塔。湯消費が多い日本の住宅において、給湯の省エネに多いに貢献してきた。こちらもエアコンと同様、近年はエネルギー効率の向上が停滞しているが、最近になって注目されているのが「おひさまエコキュート」である《図8》。太陽光発電が普及する中、天候に恵まれる一方で需要が限られる(かつ原発などの「ベース電源」が多い)九州エリアなどでは、太陽光の発電を系統側が拒否する「出力抑制」が頻発している《図9》。再エネの利用拡大が課題となる中、昼間に太陽光の電気を自家消費する「おひさまエコキュート」は、蓄電池よりもコスパのよい方法として期待されている。残念ながら、現状で「おひさまエコキュート」に向けた料金プランを設けて積極的に取り組んでいる小売事業者は、東京電力の一社のみ。関西電力など一部はピークオフ機器として時間帯別料金プランを利用できるとしているが、九州電力などは時間帯別料金プランで認めておらず、規制料金プランでしか「おひさまエコキュート」を設置できないのが現状である。「何のためにエコキュートを開発したと思っているのか」との陰口も漏れ伝え聞く。最近になって、国土交通省の省CO2先導プロジェクトとして、「九州を中心とする地域工務店グループによるおひさまエコキュートを活用した自家消費型ZEH普及プロジェクト」が採択された。旧弊にとらわれた電力事業者を飛び越え、住宅購入者の利益のために課題解決に取り組む住宅供給者が全国にいることは、日本に残された数少ない希望といえる。






⑦学校の脱炭素化は、断熱+電気ヒートポンプ+太陽光をセットで一度に

 近年の温暖化に伴う夏の暑さの激化に伴い、「冷房しても教室が冷えない」という悲鳴が、全国の学校から聞かれるようになった。日本では、住宅はもとより学校などの非住宅においても、断熱が全く設けられていない建物が大半であり、夏には日射や外気の熱が容赦なく教室内に侵入する《図10》。その結果、エアコンをつけても室温が下がらず、子供たちの健康・快適が著しく損なわれている《図11》。こうした状況を見て「エアコンをもう一台つければいいじゃないか」と言っているようでは、脱炭素に逆行する。昨今のエネルギー価格の高騰を受けて、自治体の電気代負担も大きくなっている。大事なことはまず「断熱改修」を行って、健康快適な室内環境を少ない熱で実現できるようにすること。ついで、エアコンを適正容量の「電気ヒートポンプ」に交換し、その電気を「太陽光発電」で賄うことである《図12》。実際の学校を回ってなにより驚くのは、ほとんどのエアコンが「ガスヒートポンプ」であること。ガスヒートポンプはエネルギー効率が低く、なにより太陽光発電の電気を自家消費できない大きな欠点がある。太陽光発電の売電単価が下がる一方で買電単価が上昇する中、電気ヒートポンプと太陽光発電の組み合わせこそが、CO2削減のみならず光熱費低減の面からも最重要である。脱炭素の推進に逆行するガス冷房の普及を一番後押ししてきたのが、電力事業者が割高に設定している「基本料金」である。非住宅用における高圧の基本料金は極端に割高で、冷暖房の使用期間が限られる学校建築においては、電気冷房よりガス冷房の方がコスパが良いというのが「常識」となってしまっている。電力事業者にとっては、発送電設備のコストがかかる夏のピークをガス事業者に分担させようとしたのであろうが、今ならIoT技術を活用して太陽光発電と組み合わせれば、いかようにも解決できるはずである。脱炭素に向けて電化推進が叫ばれているが、その普及を一番阻害しているのは、時代の変化に合わせて更新ができない旧態依然の電力事業者なのかもしれない。






⑧電気は最高のエネルギー その恩恵を全ての国民に

 本稿では、電気ヒートポンプと再エネ(特に太陽光)について、その重要性と課題を整理した。この両者が住宅・建築物の脱炭素化、なにより国民のエネルギーコスト負担の低減に不可欠であることは疑いの余地がない。電気は素晴らしいエネルギー媒体であり、その融通無碍の力を活用して再エネと組み合わせることで、一層輝きを増している。現状では、高性能住宅の供給者が電化と再エネ活用の推進役となっているが、願わくば機器メーカーや電気事業者も、電気ヒートポンプと再エネのポテンシャルを最大限発揮させることで、国民の健康快適とエネルギーコストの不安解消に貢献されんことを祈念する(それが無理なら、せめて邪魔することは慎むべし)。

 機器メーカーやエネルギー事業者の利益のために、国民がいるのではない。国民の利益のために、機器メーカーやエネルギー事業者筆者が存在していることを忘れてはならない。ご指導いただいた先生のお話の中で、最も記憶に残っているセリフを紹介して、本稿の締めとしたい。「電気は最高のエネルギーだ。ただし、売っているヤツが最高なのかはオレは知らない。」