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2023.10.11

No.1 調和の絶品 餃子とヒートポンプが人々を魅了する力


ご所属・職位:RAUL株式会社
ご 氏 名 :江田 健二
ご 経 歴 :
 2000年に慶應義塾大学経済学部卒。2021年に東京大学EMP修了。    
 大学卒業後、アクセンチュア株式会社に入社。エネルギー・化学業界を担当し、電力会社や大手化学メーカーの業務改善プロジェクト等に参画。 ITコンサルティング、エネルギー業界の知識を活かし、2005年にRAULを設立し、同代表取締役社長に就任。一般社団法人エネルギー情報センター理事、一般社団法人サステナビリティコミュニケーション協会理事等を歴任。著書に『2025年「脱炭素」のリアルチャンス すべての業界を襲う大変化に乗り遅れるな! 』(PHP研究所,2022年)、『ビジネス屋と技術屋が一緒に考える脱炭素』(オーム社, 2023年)等

 
 
 
 
 
 
 
 
 


 Contents

  ①1軒件の餃子屋
  ②世界から注目が集まるヒートポンプ技術
  ③技術が優れているだけでは不十分
  ④「実は、私、詳しいんですよ」
  ⑤時代の流れを活用していく

①1軒の餃子屋

 私が20代の頃によく通った、思い出深い餃子屋さんがある。その場所は、都会の喧騒から少し離れた静かな路地裏にあり、入口にはシンプルな提灯が吊るされていた。店のメニューは非常に限定的で、主に焼き餃子と水餃子だけ。しかし、そのシンプルさがむしろ店の真骨頂を物語っていた。その餃子たちの味は、一言で言うと「絶品」。皮の歯ごたえと具材のジューシーさが絶妙で、特に餃子のタレとの相性が抜群だった。
 その味と、学生に優しいリーズナブルな価格が魅力であったため、頻繁にその店を訪れた。夜遅く飲んだ後の〆に、あるいは週末のランチとして、友達を連れて行くと、その美味しさに毎回驚きと喜びの声が上がっていた。当時から店は活気に満ちており、常に多くの人たちで賑わっていた。壁には、お客さんからの感謝のメッセージやイラストがびっしりと書かれており、その中には何度も来店する常連客からのメッセージも多く見受けられた。
 しかし、時が経つにつれ、この隠れ家的な餃子屋の名声はどんどん広がり、日本国内だけでなく、海外からの観光客やインバウンドの客たちもこの店を訪れるようになった。いつ頃からか、アメリカやヨーロッパ、中国からの旅行者が、ガイドブックやSNSを参考に、この店を訪れる姿を目にするようになった。その結果、店の前には長蛇の行列ができることが日常となった。特に週末や観光シーズンには、待ち時間が30分、時には1時間を超えることもあった。今では、近くを通る度に、その行列の長さや多様性に驚かされる。昔のように気軽に立ち寄り、その美味しさを堪能することは難しくなってしまった。しかし、この店の繁盛を目の当たりにすることは、昔からの馴染みとしての誇りでもある。特に、外国人観光客がその餃子を口にし、満足そうな表情を浮かべる姿は、何とも言えない。
 この餃子屋が世界に認められるようになったのは、その味と愛情がたっぷりと詰まったサービスの賜物なのだろう。そしてガイドブックやSNSがきっかけとなり、世界中に名前が拡がった。行きにくくなってしまったのは少し寂しいが、一方で、その美味しさや魅力が世界に知れ渡ったことは、とても誇らしい。

②世界から注目が集まるヒートポンプ技術

 少し、餃子の話が長くなってしまったが、実はヒートポンプもまさに現在、同じような状況にある。ヒートポンプの技術は、省エネルギーで環境にやさしいという特徴を持ち、とても長い間研究・開発が進められてきた。ヒートポンプ技術を活用した製品が次々と生まれ、日本では少しずつ普及が進んでいたが、日本以外にはあまり拡がっていないという現状があった。それが広く世界に知られるきっかけとなったのは、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー問題だった。この出来事は、エネルギーの安定供給の重要性を全世界に再認識させ、再生可能エネルギーやエネルギー効率の良い技術への関心が高まった。その中で、ヒートポンプ製品は注目される存在となった。
 餃子同様にヒートポンプ製品もまた、本質的な良さは以前から存在していたが、特定の出来事をきっかけにその価値が再評価され、多くの人々に認識されるようになった。餃子がその美味しさで人々を引きつけたように、ヒートポンプもそのエネルギー効率の良さや環境への優しさで注目を集めている。

③技術が優れているだけでは不十分

 ヒートポンプ技術について知れば知るほど、その可能性を感じる。外部から低温の熱を取り込み、それを高温まで上昇させることで室内を温める。冬の寒い日でも、外の空気から熱を取り込み、増幅して家を暖めることが可能だ。夏には逆の操作で冷房としても機能する。
 特に注目すべきは、1の電気エネルギーで3〜7の熱エネルギーを生み出せるなど、他の技術と比べて非常にエネルギー効率が高い点だ。この優れた特性により、エネルギー消費が大幅に削減されるとともに、環境にも優しいのである。
では、ヒートポンプの普及は、この追い風に身を任せることで安泰なのだろうか?
 筆者は、今こそ、積極的に消費者に良さを伝えていく絶好のタイミングと感じている。なぜなら、技術が優れているからといって、それが自動的に普及するわけではないからだ。少し昔のことになるが、ベータマックスやMD(ミニディスク)のような優れた技術が、広く普及しなかった事例もある。そのため、ヒートポンプ製品が更に利用されていくためには、その多岐にわたるメリットを今こそ消費者に的確に伝えることが大切だ。

④「実は、私、詳しいんですよ」

 ヒートポンプの技術の良さは、専門家や関連業界の中では充分に理解されている。しかし、一般の消費者の多くは、それをただの技術として頭で知るだけで、心からその魅力や利益を感じ取ることは難しいのが現状だ。商品やサービスの購買意欲は、冷静な判断だけでなく、感情や直感、イメージも大いに関与している。例えば、スマートフォンや自動車の購入を考える時、消費者はその性能や価格だけでなく、ブランドのイメージやデザイン、使い心地、そして「持っていることでどんな気分になれるか」など、感情的な要素を強く意識する。この感情的な側面が、商品選択やブランドへのロイヤルティを形成する大きな要因となっている。ヒートポンプ製品を選んでもらうためには、その技術的な優れた性能や環境への寄与などの要点はもちろん大切だが、それだけでは一般の消費者を引きつけるのは難しい。消費者が「これは使ってみたい」「これは我が家に必要だ」と感じるためには、製品がもたらす生活の質の向上や心地良さ、コスト削減などの直接的な利益を、もっと身近で分かりやすい形で伝える必要がある。
 感情やイメージを刺激するコンテンツやキャンペーンを展開することで、製品の魅力をより広範な層に訴求することが可能だろう。具体的には、実際の利用者の声を活用した広告や、体験イベント、インフルエンサーとのコラボレーションなど、消費者が直感的にその利益を感じることができる方法を探求することが次なるステップとしてある。世の中の流れや環境意識の高まりを考慮すると、ヒートポンプ製品の普及のタイミングは確かに熟していると言える。今こそ、感情を動かすマーケティングを展開し、この優れた技術をもっと多くの人々に届ける時期だ。
 その際には越えなければいけない大きな見えない壁がある。人々は既存の習慣や認識になんとなくの愛着を持っている。冷暖房器具について言えば、多くの人は従来の製品に慣れており、新しい技術を受け入れるのには少しの抵抗があるだろう。それを克服するためには、ヒートポンプ製品のメリットや使い心地の良さを、継続的に伝え続けることが必要だ。具体的には、ユーザーの体験談やエネルギー効率の実証データ、コスト削減の具体例などを提供することが有効だろう。そして、消費者がヒートポンプ技術について「実は、私、詳しいんですよ」と他の人に話してしまう日まで、伝え続ける努力が大切だ。

⑤時代の流れを活用していく

 先ほど、感情に訴えかけると書いたが、もう少し補足しておこう。「ものからことへ」というフレーズは、今の消費者の心理をよく示している。考えてみれば、何十年前、テレビが普及し始めた頃、人々はその新技術に驚き、テレビの画面の明るさや解像度、大きさなどの「モノ」としての特性に注目してきた。「一家に一台」という概念が強かった。しかし、今はどうだろうか。テレビの購入の際、そのテレビでどんな映画を観るのか、家族とどんなスポーツ観戦を楽しむのか、つまりそのテレビを通じて得られる「経験」や「体験」が購入の大きな動機となっている。同じように、音楽の聴き方にも変遷がある。かつてはCDやレコードといった形で物理的に所有する喜びがあった。しかし、今ではSpotifyやApple Musicのような音楽ストリーミングサービスが主流となり、何千もの曲を自由に楽しむという「経験」を求める人々が増えている。
 このような変化の背景には、情報化社会の進展やデジタル技術の進化が影響していると言われている。物理的な制約から解放され、より手軽に、多様な体験が求められるようになったのだ。CMを見ていると企業もこれに応じてマーケティング手法を変えている。たとえば、最新のスマホ広告では、そのスマホのカメラの解像度や処理速度を前面に押し出すよりも、そのスマホを使って旅行に行った際の写真の美しさや、家族とのビデオ通話のクリアさをアピールポイントとしている。
 さて、ヒートポンプに話を戻そう。従来のヒートポンプの広告やPRでは、その効率や省エネ性、環境への優しさといった「モノ」としての特性が強調されていたように思う。しかし、現代の消費者が求めているのは、そのヒートポンプを使うことでどれだけ快適に過ごせるのか、冬の寒さをどれだけ感じずに温かく過ごせるのかという「体験」ではないだろうか。
 例えば、ヒートポンプを使用することで、冬の朝、足元から暖かさが感じられ、家族と快適に朝の時間を過ごせるという場面をイメージさせるようなPRが効果的かもしれない。子供たちが寒さを感じずに遊びながら学ぶ姿や、夫婦がリラックスしてコーヒーを楽しむ姿を描くことで、消費者にその利便性や快適さを感じさせることができるだろう。結論として、今の時代、単なる商品の性能や特性をアピールするだけではなく、その商品を使った際の具体的な「体験」や「経験」を伝えることが非常に大切だ。そしてそれを効果的に伝えることで、より多くの人々の心を掴むことができるだろう。

 餃子屋とヒートポンプ—一見、関連性がないように思える。しかし、実は深い共通点がある。それは「素朴さと高度な技術、情熱が融合している」点と、その価値が「体験」によって鮮明に理解される点である。私がかつて足繁く通った餃子屋は、シンプルな食材と調理法で多くの人々に愛される「絶品」の餃子を提供している。この「絶品」とは、ただ美味しいだけでなく、家庭では再現不可能なレベルの皮と具、そしてタレの完璧なバランスである。これらの要素が美味しい調和を作り出し、その調和こそがこの餃子屋の真髄である。一方、ヒートポンプもまた、シンプルながら高度な技術と環境への配慮で「絶品」な存在となっている。この「絶品」とは、エネルギー効率の高さだけでなく、その省エネ性、高性能、そして環境への優しさが絶妙にバランスされている点である。この究極の調和が新しいエネルギー文化を築き、私たちの生活に革新をもたらしている。餃子が日本の食文化に深く根付いているように、ヒートポンプもエネルギー文化において根付き、私たちの生活はより豊かになるであろう。