knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和5年12月7日

熱 の 有 効 利 用 を 考 え る


ご所属・職位:早稲田大学理工学術院環境・エネルギー研究科・教授
ご 氏 名 :小野田 弘士
ご 経 歴 :
2006年3月 早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)
2006年4月 早稲田大学環境総合研究センター講師
2008年4月 同准教授
2014年4月 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科准教授
2017年4月 同教授(現職)
2022年9月 早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科長(現職)
 研究分野は、環境配慮設計、LCA、資源循環技術・システム、エネルギーマネジメントシステム、再生可能エネルギー熱利用技術・システム、未利用バイオマス利活用技術・システム、次世代モビリティシステム、スマートコミュニティ等。著書に『失敗から学ぶ「早稲田式」地域エネルギービジネス』。
 学生時代より一貫して住宅の省エネルギーや室内環境に関する研究を行っており、給湯・暖冷房・換気・自然光など幅広いテーマに取り組むとともに、実住宅の設計にも関わっている。著書に「エコハウスのウソ2(日経BP)」。

 
 
 
 
 
 
 
 
 


ヒートポンプとの接点
 筆者のバックグラウンドは、機械工学のなかの熱工学であり、ヒートポンプとは、近いところにいる。しかしながら、ヒートポンプそのものの研究・技術開発に携わってきたわけではない。本稿では、筆者が取り組んできた研究・プロジェクトでの経験に基づき、ヒートポンプとの接点を述べてきたい。

 Contents

  ①業務部門を対象とした再生可能エネルギー熱利用システム
  ②ゼロエネルギーハウス(ZEH)
  ③エネルギー貯蔵システムとしてのヒートポンプへの期待
  ④熱の有効利用を考える

①業務部門を対象とした再生可能エネルギー熱利用システム

 筆者は、民生・業務部門におけるエネルギーマネジメントシステムの構築やスマートコミュニティ等における自立・分散型エネルギーシステムの構築に向けたプロジェクトに携わってきた。ここでは、太陽熱や地中熱等の再生可能エネルギー熱を取り入れた熱源システムの構築に関する事例を2つ紹介したい。
 ひとつめは、筆者がプロジェクトマネージャーを務めた新幹線・本庄早稲田駅前街区における本庄スマートエネルギータウンプロジェクトにおける取り組みである。ここでは、埼玉県の政策等と連携し、再生可能エネルギー熱の有効利用を促すフラッグシッププロジェクトとして、飲食店街区における太陽熱・地中熱のハイブリッドの熱源システムを導入した。こうした再生可能エネルギー熱をベースとした熱源を複数店舗で共有(シェア)するコンセプトを導入した試みである。図1に示すように、地中熱ヒートポンプを核として、技術的な検証も含めて、低温排熱で駆動する吸着式冷凍機を導入したことが特徴である。プロジェクトの経緯や導入した熱源の評価に関しては、拙著1)や学術論文2)で公開しているので、そちらを参照されたい。ここでは、そのシステム導入に至った経緯について触れておきたい。当時、筆者は、プロジェクトマネージャーとして、最終的な導入システムを「決定」する立場にあった。類似のシステムからすると、ガスの直焚吸収式冷温水機と組み合わせたシステムが他個所で導入実績があり、比較・評価を行っていた。その際、決め手となったのは、メンテナンスコストであった。ガスの直焚吸収式冷温水機は、筆者らが想定していたエネルギー需要に規模がマッチしていなかったこともあり、図1に示したシステムが、メンテナンスコストの大幅低減に寄与することが予測されたことは極めて重要な情報であった。
 2つ目の事例は、本庄早稲田での経験を活かし、首都圏の福祉施設の熱源の更新をサポートしたものである。本庄早稲田の事例は、「新設」であるが、こちらでは「更新」であった。キーワードは、ここでも「メンテナンスコスト」であった。同施設では、油焚の吸収冷温水機が導入されており、その老朽化から、突発的な修繕費を含めメンテナンスコストが年々上昇していたことが需要家の大きな課題であった。これに対して、同施設に設置されていた井戸水を熱源としたヒートポンプと太陽熱を組み合わせたシステムを提案し、採用されるに至ったわけである。
 上記の例は、需要家視点にたち、イニシャルコスト、ランニングコストと省エネルギー効果を総合的に勘案した結果、結果としてヒートポンプを核としたシステム構築に至った事例といえる。


②エアコンでの暖房が当たり前に

 断熱施工にノウハウを有する工務店との連携により、快適性と省エネルギー性を追求した住宅に関する研究を行ってきた3)。同住宅では、輻射式空調機による全館空調を行うことを特徴としており、太陽光発電、蓄電池、HEMS、エコキュート等を導入している。ここでは、エネルギーシステムというよりも断熱性能に影響を与える影響を詳細に分析することを主眼においていたが、ここでもヒートポンプを核としたエネルギーシステムが導入されていることがわかる(図2)
 住宅に関するアプローチに関しては、つい最近、出会った事例について問題提起として紹介しておきたい。筆者は、国内のある寒冷地におけるカーボンニュートラルに向けた取り組みを支援している。そこには、「ひと昔前のオール電化住宅」が立地しているようであるが、それが、昨今のエネルギーコストの上昇により、暖房を「灯油に戻す」事象が起きているとのことである。その当事者に話を聞くと、地場の工務店や施工業者がトータルコストの観点から「灯油」の提案を行っているとのことである。こうした状況に対して、どのような提案ができるかが今後、問われてくると考える。単に、「オール電化」か「灯油」かという単純比較ではなく、地域ごとのエネルギー需要、再生可能エネルギーの導入状況等を踏まえた現実的な提案力が求められている。


③エネルギー貯蔵システムとしてのヒートポンプへの期待

 筆者は、大学の講義において、JEPXのサイトを学生に見せることがある。とくに、中間期の状況をみると、エネルギー貯蔵システムに関しては、十分な取り組みができているとは言い難い。エネルギー貯蔵システムに関しては、蓄電池や水素が注目されているが、もう少し幅広い視点でみていくべきであると事あるごとに主張している。そのなかで、ヒートポンプに関しては、どの程度の余剰再エネの受け皿になりうるのかは、大きな関心を持っている。筆者は、さまざまな技術・システムの技術熟度評価に関する研究も行っている。この観点からみると、既に熟度が高い領域にあるヒートポンプを「使いこなす」視点はより強化すべき点と考える。
 また、昨今、ヒートポンプは、省エネルギー機器なのか、蓄電池等と同じ再生可能エネルギーの利用機器なのか、という議論が活発化している。これに関しては、単に機器という視点ではなく、システムとしての見方を高度化していくことが求められる。例えば、デマンドレスポンス等と組み合わせることにより、太陽光等の再生可能エネルギーを活用したエビデンスが確保できれば、再エネの貯蔵システムとして、適切な評価を行っていくべきであろう。机上の空論にとどまらず、高次元で議論が深まることを期待したい。

④熱の有効利用を考える

 本稿では、筆者とヒートポンプとの接点があった事例を紹介し、筆者なりの問題提起をさせていただいた。筆者自身は、「電化=ヒートポンプ」という文脈は、供給側視点の議論に終始してしまうことも多く、あまり好きではない。それよりも、電力という視点のみならず、需要家視点も取り入れ、熱の有効利用をどう実現していくか、システムとしての評価の高度化を図るか等の観点を打ち出してくことの方が、結果としてヒートポンプの価値を理解するには得策であると考える。そのためには、ヒートポンプが抱える課題を把握しつつ、より地域・需要家にとって有効となる提案力を高めていくことが重要と考える。

参考文献

(1)小野田弘士. (2017). 失敗から学ぶ 「早稲田式」 地域エネルギービジネス.
(2)Yoshidome, D., Kikuchi, R., Pandyaswargo, A. H., & Onoda, H. (2021).Evaluation and Improvement Proposals for a Business Facility Solar and Ground-Heat Hybrid Heat Supply System. EcoDesign and Sustainability II: Social Perspectives and Sustainability Assessment, 557-573.
(3)吉留大樹, 石井靖彦, & 小野田弘士. (2020, December). 高気密・高断熱住宅のエネルギー消費量の実測評価と熱収支シミュレーション 施工技術および断熱施工精度が戸建住宅の熱性能に及ぼす影響の評価. In 環境情報科学論文集 Vol. 34 (2020 年度 環境情報科学研究発表大会) (pp. 252-257). 一般社団法人 環境情報科学センター.