knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和6年1月10日

 欧州のエネルギー危機の
  “救世主”ヒートポンプとブームに踊るドイツの実際


ご所属・職位:日本再生可能エネルギー総合研究所 代表
ご 氏 名 :北村 和也
ご 経 歴 :
 1979年、早稲田大学政治経済学部政治学卒業
      在京テレビ局入社、ニュース・報道担当として環境関連番組など制作
 1998年、ドイツ留学(アウグスブルグ単科大学など)
      帰国後、再生エネなどのプロジェクト調査、地域新電力の設立、企業や
      自治体の脱炭素のアドバイス等に多数携わる。
 2011年、日本再生可能エネルギー総合研究所を設立、同代表
 2013年、㈱日本再生エネリンク設立、同代表取締役
 2019年、地域活性エネルギーリンク協議会設立、同代表理事
 2021年より、埼玉大学工学部非常勤講師(エネルギー環境問題)

 
 
 
 
 
 
 
 
 



 Contents

  ①欧州を脅かすウクライナ危機とエネルギーへの影響
  ②救い主は、ヒートポンプ。脱炭素効果とダブルで注目
  ③高い目標を掲げる欧州各国
  ④ドイツのヒートポンプ導入を巡る“騒動”

①欧州を脅かすウクライナ危機とエネルギーへの影響

 2022年2月末、欧州に激震が走った。
 ロシアがウクライナに攻撃を仕掛け、侵略に入ったのである。政治的にはもちろん、経済的にもエネルギーを中心に甚大な負の影響が始まった。コロナからの経済復活などを原因とした前年2021年後半からのエネルギー費高騰に更なる拍車がかかり、当時はロシアからの天然ガス輸入が全体の4割を占めていた欧州を直撃した。
 中でもドイツは、エネルギーでのロシアとの関係が深く、直接天然ガスのパイプラインを両国間に敷いて、天然ガスの需要の実に55%をロシアに依存していた。世界に呼応してロシアへの経済制裁に動いた欧州では、化石燃料の脱ロシア化に踏み切るしかなかったが、その方策については、頭を抱えるどころか“茫然自失”に近かった。
 ドイツでは、2022年春に向けて、産業用での需要などを背景に天然ガスの価格が侵略開始時の1.5倍以上になった。しかし、これはまだ序の口であり、8月末のオランダの天然ガス市場の暴騰を受け、市場価格も、給湯や暖房用の家庭でのガス料金(グラフ1の青い折れ線)も半年前の3倍を超えた。

 ○図表1:
  ドイツの家庭でのエネルギー料金(新規契約時)の推移 *ウクライナ侵略開始時100

  出典:ドイツ、Die Zeit Online

 即効の対策は需要の削減で、実際にシャワーを減らす“我慢すること”などで、天然ガスや電力消費を2~3割も削減した。天然ガスの輸入先の転換には政府もなりふり構わず立ち回り、中東、アメリカなどから新規やLNG(液化天然ガス)輸入増加を確保した。
 しかし、欧州の寒い冬を目の前に、一般国民の我慢は限界に近づく。そこで脚光を浴びたのが、ヒートポンプであった。

②救い主は、ヒートポンプ。脱炭素効果とダブルで注目

 欧州でも、ヒートポンプによる給湯や暖房は、北欧を中心に一定の普及は進んでいた。しかし、初期費用の高さなどがハードルとなり、天然ガスなどの化石燃料の主役の座は揺るがないかに見えていた。ドイツでの一般家庭の熱利用(給湯、暖房用)でのヒートポンプは、全体の3%にも達していなかった。そこに降って湧いた天然ガスの高騰は、ガス代の高騰に苦しむ市民の目をヒートポンプに向ける大きな動機となった。同様に跳ね上がった電気代の値上がり対策に、自宅に太陽光発電パネルを導入する家が激増したのと同じ流れであった。

 EU(欧州連合)もすぐに動いた。エネルギー高騰の回避策=ロシアの化石燃料からヒートポンプへのシフトが、再生エネ転換という脱炭素の促進にもつなって、ぴたり当てはまることがわかっていたからである。

 ○図表2:2030年に向けてのEU27の脱炭素戦略 出典:Ember (筆者一部加筆)


 こうしてEUは、早い段階でこれまでの2030年に向けたEUの目標「Fit-for-55」(図表2の最上欄)の数字を促進する形で改定し、「REPowerEU」(図表2赤枠)を決定した。
 ここでは、カーボンニュートラル化する3つの分野「電力」、「熱」、「交通」の主たる解決策として、それぞれ再生エネ電源(ここでは、太陽光発電、陸上風力発電、洋上風力発電)、ヒートポンプ、EVが掲げられ、目標となる数字が設定された。
 ヒートポンプは、①ロシアの化石燃料からの脱却とエネルギー費高騰対策と②脱炭素の熱分野での主要ツールとして、完全に認知されることになった。
 「REPowerEU」での、ヒートポンプの導入目標値は4,150万台であったが、その後、実導入が急加速し「現状での2030年の見通し(下線青、Current outlook)」は6,000万台とその数字を大きく上回っている。

③高い目標を掲げる欧州各国

 EU全体に合わせて、欧州の各国は高い目標を掲げている。

 ○図表3:欧州各国のヒートポンプの導入目標

  出典:IEA「The Future of Heat Pumps」2022年12月 (筆者翻訳)

 例えば、ドイツの目標は毎年50万台の追加で、2030年には600万台となっている。現状で、最も熱心に導入が進んでいるのはフランスとイタリアである。目標値は、フランスで2023年にトータル270万台から290万台の実現、イタリアは2017年の2倍の蓄積導入量を2030年に達成したいとしている。
 2021年から2022年にかけての1年での増加は、フランスで前年比+40%に近い年間50万台越え、イタリアで+60%の年間40万台に迫る。普及状況でも北欧を除けば最上位にいて、1,000戸当たりの普及数が、イタリアがおよそ20戸、フランスは15戸となっている。フランスは原発が不振、イタリアは電気代の高騰が欧州諸国の中でトップクラスと悩みを抱えている。再生エネへの転換は両国にとっても喫緊の課題でもある。

 もう一つIEAのデータを見てもらいたい。

 ○図表4:家庭におけるガスボイラーからヒートポンプへの切り替えメリット

  出典:IEA「The Future of Heat Pumps」2022年12月

 一般家庭において、ガスボイラーからヒートポンプに切り替えた時に、年間にどのくらいのガス代の削減効果があるかをまとめている。左から、アメリカ、欧州、韓国、日本と並んでいるが、どのエリアや国でも2021年の削減メリットを2022年の削減メリットが大きく上回っている。
 特に効果が大きいのが、2022年時点の欧州で、年間900ドル、1ドル140円換算で12万円以上と毎月1万円のガス代削減につながるということがわかる。欧州ではヒートポンプのエネルギー費としての電気代も大きく上昇したが、ガス代はそれ以上の高騰だったことがうかがえる。欧州でヒートポンプが爆発的に増えている理由がここにうかがえる。
 また、同じグラフ内の日本のデータをみると、エコキュートの設置が増加傾向にある中、欧州でのメリットには及ばないものの年間500ドル、数万円という大きな削減効果があることを忘れてはならない。

④ドイツのヒートポンプ導入を巡る“騒動”

 ドイツは、欧州の中でヒートポンプの新規導入数で、近年フランス、イタリアに次いで3番目の位置を占めている。先に示した通り、ドイツの導入目標は年間50万台で、エネルギー高騰を背景に2021年以降特に大きく伸び、2022年の実績では28万台程度と30万台に迫る。

 ○図表5:ドイツにおけるヒートポンプの年間新規導入数の推移

  出典:Bundesverband Wärmepumpe (BWP) e.V.

 グラフは、2003年以降の新規導入数の推移をまとめているが、近年の急成長がよくわかる。棒グラフの色は熱利用の対象による区別で、空気熱利用(水色)が圧倒的に多く、全体の4分の3を占めている。地中熱利用(青)はコスト面などを理由にあまり多くない。
 
 繰り返すが、ドイツにおけるヒートポンプの拡大は、当初、第一義的にロシアの天然ガス依存からの脱却にあり、政治的な意味合いを抜きには語れない。現政府は、ヒートポンプの導入をさらに促進するためとして法的な整備にも動いている。
 それが、通称「暖房法」、新設の暖房システムで再生エネの利用を義務付けるという、建造物エネルギー法案である。しかし、再生エネの割合を65%以上にすること、2024年1月からの適用など、費用負担の点も含めて拙速の声が上がり、国民を巻き込んだ大論争となっていた。昨年9月末に連邦議会上院で可決され成立したが、同年4月の閣議決定来半年近くかかる混乱ぶりであった。

 法律による義務化の是非はともかく、実際の新築住宅への導入は着実に進んでいる。

 ○図表6:新規住宅における暖房システムの割合の推移

  出典:AG Energiebilanzen e.V.

 上のグラフは、2000年から2023年前半までの間、新築住宅でどんな暖房システムが使われているかの割合を示している。2015年までは、圧倒的に天然ガス(赤)が主流で、4分の3から半分程度を占めていた。
 しかし、その後、電気を使用したヒートポンプ(黄)が4分の1から3分の1へと徐々にシェアを拡大している。そして、化石燃料の高騰が始まった2021年には一気に4割を越え、2022年から2023年には5割を越え、他の最新の資料では6割に達しようとしている。暖房法のクリアは、再生エネによる地域熱供給やバイオマス利用なども含まれるが、一般家庭レベルではヒートポンプ利用が主となる。
 
 ヒートポンプは空前のブームとなっているが、急増に伴う課題も浮かび上がってきた。それは、ヒートポンプの設置者の不足である。機材の導入の急拡大に、技術者の数が追い付いていないのである。
 ヒートポンプのメーカーとしては、日本のダイキン、パナソニックが世界をリードしている。ダイキンは新たに500億円規模の資金を投入して新しい生産工場をポーランドに建設中で、パナソニックもチェコの工場の拡張に対して同規模の投資が決まっている。
 ドイツに本社のある空調メーカーのViessmannも同様に、ポーランドに300億円をかけた工場を新設する。今後の確実な需要拡大を見越した動きであるが、あまりの伸長に最終的な設置を行う分野にしわ寄せが起き始めているのである。
 ドイツで正式にヒートポンプを設置できる技術者と認められるには3年間程度の見習い訓練と最終試験の合格が必要とされている。ドイツ国内の複数の報道では、見習いでの脱落者が多く修了できるのは全体の5割から6割と低い、とある。さらに、最終試験で3分の1が不合格になるという。人手不足が、ヒートポンプ導入に影響を及ぼす可能性もある。
 
 対ロシアのエネルギー政策のミスから、エネルギーの高騰危機にあえいだドイツであったが、天然ガスの需要の削減、LNG輸入と国内のLNG基地の急造、ヒートポンプという再生エネ熱への転換、EVの導入拡大と必死の手を打ってきた。また、長年の懸案だった脱原発も成し遂げた。経済的な停滞の恐れもささやかれるが、何とかこれらの危機を脱して、脱炭素と経済の発展の両立を探る道に戻ろうとしている。
 ヒートポンプを巡る“混乱”も一時的なこととなり、ドイツらしいやり方で乗り切るに違いない。それは、脱原発を含めた再生エネ拡大を貫く信念が根底に流れているからかもしれない。日本も、「待ったなしの脱炭素」の言葉をもう一度噛み締めて、ヒートポンプを含む再生エネを中心とした真に有効なツール利用を飛躍的に進める必要がある。