knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和6年1月24日

 家庭の脱炭素化を促す“多様な仕掛け”


ご所属・職位:芝浦工業大学・教授
ご氏名   :磐田 朋子
ご経歴   :
 東京大学大学院新領域創成科学研究科(環境システム学専攻)博士課程修了、
博士(環境学)取得。
 同大助教、建築研究所、科学技術振興機構低炭素社会戦略センター研究員を経て、
2017年4月より芝浦工業大学。
 環境省や地方公共団体などの各種環境関連委員を務めている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 



 Contents

  ①はじめに
  ②社会心理学に基づき家庭の行動変容を考える
  ③情報提供のタイミングを逃さないことが重要
  ④おわりに

①はじめに

 2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて設定された2030年度の温室効果ガス削減目標において、特に家庭部門は2013年度比66%削減という他の部門と比較しても野心的な削減目標が掲げられている。家庭部門のエネルギー需要は、電力と低温熱のみで構成されるため、家庭の脱炭素化の基本方針は電化とカーボンフリー電源の調達となる。現状において家庭部門のエネルギー消費(二次)の約半分を占めている燃料系(灯油、都市ガス、LPガス)は、電化困難な部門(産業部門や一部の運輸部門等)に集約されていくこととなるだろう。
 しかしながら、経済性が重視される産業部門や業務部門に対して、家庭では光熱費の削減といった経済的な動機だけではなく、防災性、利便性、快適性といった要素が経済性よりも重視される場合もあるため、電化やカーボンフリー電源調達への移行は容易ではない。多様な居住者の心に響く、多様な脱炭素策を打ち出す必要がある。従来から示されている家庭の脱炭素化策は、日々の節電・省エネ行動の促進が中心であり、居住者の“意識”に依存しがちである。こうした脱炭素化策は、環境意識の高い一握りの家庭には有効であっても、残念ながら地球温暖化に対する個人責任意識が先進国の中でも特に低い日本においては(国際比較調査において、日本人は他国・他人が脱炭素アクションをやらないならば、自分がアクションを起こす意味がないと思っている割合が先進国の中では格段に高い[1])、大きな脱炭素効果は期待できない。

②社会心理学に基づき家庭の行動変容を考える

 社会心理学者の広瀬氏らが30年も前から提唱しているように、環境改善を目的とした行動変容を起こすための要素は複数存在している《図1》。

            

 積極的な環境教育の実施によって、環境にやさしくとの目標意図が高まったとしても、それは行動意図の一部にしか過ぎず、“実行可能性評価”、“便益費用評価”、そして“社会規範評価”などの評価結果を踏まえた総合的な判断を、個人の“頭の中”で繰り広げたのちにようやく行動変容に繋がるとされる。

 例えば“実行可能性評価”とは、家庭部門の脱炭素化策の主軸であるのは電化だとわかっていても、集合住宅に住んでいてベランダにも貯湯槽を置けるスペースがなく、従来型のガス給湯機から電気式ヒートポンプ給湯器に買い替えられない、といったケースが該当する。この場合、給湯の電化は“実行不可能”という評価結果となり、行動変容に繋がらない。しかしながら、貯湯(湯ではない熱媒体を含む)の熱密度を上げるための技術開発の支援や、建築物の設計段階から貯湯スペースの確保を前提とするといった建築分野側の支援があれば、この評価は“実行可能”に変化することもあるだろう。行政や産業において重要なことは、消費者サイドにおいて“何が脱炭素化策を実行不可能にしているのか”を調査し、改善策を提案することである。
 “便益費用評価”とは、単に脱炭素化に必要な費用の投資回収年数が許容範囲内かといった経済的判断だけでなく、心理的な便益や負担感も加味した上での評価を指す。例えば、開口部の高断熱化(複層窓への改修)は脱炭素化に有効だとわかっていても、集合住宅や賃貸住宅では管理組合や物件オーナーの承認が必要となる。この時、承認にかかる手間の“面倒さ”が、高断熱化による光熱費削減効果よりも上回るという判断が個人の“頭の中”でされた場合には、“便益費用評価”において“費用”の方が大きいという評価結果となり、断熱改修というアクションに繋がらない。逆に、高断熱化による効果には、光熱費削減効果に加えてヒートショックの低減による健康増進効果もあるという“知識”があれば、“面倒さ”や投資改修年数といった“費用”を便益が上回るという評価結果になることもあるだろう。
 従来から、特に住宅の高断熱化については単純に光熱費削減効果だけで投資改修年数を算出すると30年超となるケースも見られることから、間接的便益(NEB: Non-Energy Benefit)に関する情報提供の重要性が指摘されてきた。快適性の向上、健康増進効果、防音効果など様々なNEBに関する“知識”は少しずつ家庭に認知されつつあるかもしれない。しかしながら、こうした“知識”にも、表面的な認知から実感に基づく認知まで、様々なレベルがある。深い納得を得られる工夫(欧米では高断熱住宅の宿泊体験施設が多数存在する)や、“面倒さ”を軽減する工夫(手続きのワンストップ化など)、施工への“不安”を軽減する工夫(優良施工業者の認定制度など)など、“便益費用評価”に貢献できる対策の提案はに繋がることを考えると、困難と言われている家庭部門の脱炭素化にも多様な対策が提案できるのではなかろうか。
 既往研究において行動意図に最も寄与するとされてきたのは“社会規範評価”である《図2》。

    
       
 いわゆる他人の目を気にして、自らの行動が社会や他者の期待に添っているか否かを判断する心理を指す。現在は当たり前のように取り入れられている他の家庭との電気代の比較を示す電力会社のサービスも、他者との比較により社会規範意識を刺激し、電気を多く使っている家庭に節電行動を促すことを目的に導入された。さらに行動変容を促す手法の1つであるナッジ(Nudge)を用いた大規模な実証事業を2017~2020年において環境省が実施している[4]。全国約30万世帯を対象に、他者とのエネルギー消費量の比較や個々の家庭に合わせて作成した省エネルギーアドバイスを記載した「ホーム・エネルギー・レポート」を被験家庭の半数のみに郵送することで、レポート送付による家庭の省エネ効果が計測された。その結果、平均約2%の省エネ・省CO2効果が計測されたが、脱炭素という視点から見るとこの数値は非常に低いと言わざるを得ない。社会規範意識を刺激する情報提供自体には一定の効果があるとしても、行動意図に繋げるまでには前述した様々な評価をクリアするための複合的な対策が必要であることが改めて認識された。

③情報提供のタイミングを逃さないことが重要

 既に環境配慮行動を起こしている家庭においても、“継続的な”行動変容におけるハードルは高いことを示す興味深いデータがある。《図3》は、新築時に太陽光発電と燃料電池に加えて蓄電池も導入した住宅街区の居住者を対象としたアンケートにおいて、設備更新時の選択に関して調査したものである[5]。アンケート対象家庭は、調査時から約1年前後で入居後10年が経過する居住者が大半であったが、太陽光余剰電力売電に関する10年間のFIT(固定価格買取制度)契約終了を見据えた何らかの対策をまだ検討していない家庭が約8割強存在していた。さらに、エネルギー設備機器の更新時期がFITと同じ10年間であることを認識していなかった家庭も約3割強を占めた。居住者が必要とする情報として、機器メーカーや電力・ガス会社からの説明や提案などの情報を求める声が多く、専門的な知識が不足しているため判断ができない状況にある様子が窺えた。

  

  判断に必要な知識に欠け、さらに図1に示す各種評価が新しい行動を起こすまでに至らなかった際に起こるのが、“何もしない”いわゆる現状維持である。機器導入におけるこのような判断は、“ロックイン効果”とも呼ばれている。
 既築住宅が住宅ストックの9割以上を占めている家庭部門において、情報不足や行動意図を促す支援策の欠如は、既築住宅のエネルギー設備のロックインを促すこととなり、結果として電化やカーボンフリー電源調達への移行が進まない。場合によっては、ロックインどころか、“昔から知っていて馴染みのあった”設備に逆戻りするケースも見られる。例えば給湯設備を例に取ると、前述した住宅街区においても給湯設備の選択肢として、燃料電池やヒートポンプ給湯機、ハイブリッド給湯機(ガス・電気併用型給湯機)に加えて、従来型のガス給湯器(潜熱回収型でもないタイプ)も特に費用面から有力な候補として挙げられている。
 筆者らは脱炭素の流れに逆行した選択を家庭が行うことを避けるため、利害関係のない第3者の立場として、FIT終了後に家庭が取り得るエネルギー設備構成と予想される費用や省エネ量といった情報を家庭に提供する活動を行っている《図4》。当然ながら最終的な設備構成は居住者の判断に委ねられるが、費用においても省エネという観点においても、太陽光発電とヒートポンプ給湯機の組合せに優位性が見られる《図5》事例等を示すことで、従来型ガス給湯器に逆戻りする事態が避けられることを期待したい。

   

   

④おわりに

 2050年のカーボンニュートラル社会実現に向けて、環境意識だけに頼らない多様な行動変容促進策について紹介した。家庭の脱炭素化に貢献する技術は既に数多く存在するものの、そうした既存技術の“普及”が進まないことが喫緊の課題である。学術的には行動変容を促すロジックが論じられているものの、その知を実社会で生かすためには、行政や産業界と一体となった複合的な対策が必要となる。さらに金融機関の協力も加えた産官学金連携により、家庭が自らの意思で脱炭素化アクションを起こす“仕掛け”に溢れた活力のある脱炭素社会が実現すると考える。

参考文献

 [1]村田ひろ子「脱炭素時代の環境意識~ISSP国際比較調査「環境」・日本の結果から~」放送研究と
  調査,71巻,6号,pp.80-103,2021
 [2]広瀬幸雄「環境配慮的行動の規定因について」社会心理学研究,第10巻,第1号,pp.44-55, 1994
 [3]西尾健一郎「省エネルギー・節電促進策としての“ナッジ”とマンションでの実証」BECC JAPAN 2014資料    https://seeb.jp/material/2014/download/2014BECC5-4Nishio.pdf
 [4]環境省「低炭素型の行動変容を促す情報発信(ナッジ)による家庭等の自発的対策推進事業」事業報告書    https://www.env.go.jp/press/109939.html
 [5]一般財団法人住宅生産振興財団「第15回 住まいのまちなみコンクール住まいのまちなみ賞
  維持管理活動支援費2022年度報告書(スマ・エコ シティつくば研究学園団地管理組合法人)
   https://www.machinami.or.jp/pdf/contest_report/report15_5_r4.pdf