knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和6年5月00日

 炭素地中隔離手段としてのバイオ炭とJークレジット


ご所属・職位:日本工業大学教授 NIT-EMS本部長
ご氏名   :雨宮 隆
ご経歴   :
 1978年東京大学大学院工学系研究科(電子工学専攻)修了、同年㈱東芝入社。燃料電池システム開発、廃棄物燃料化システム開発等のプロジェクトに携わる。
 2013年より日本工業大学教授 専門は廃棄物リサイクル、環境循環工学
学 位   :博士(環境学)

 
 
 
 
 
 
 
 
 



 Contents

  ①はじめに
  ②バイオ炭の農地施用がクレジットに
  ③土壌改良資材としてのバイオ炭、炭素地中隔離手段としてのバイオ炭
  ④バイオ炭の100年後残存率
  ⑤J-クレジットでのバイオ炭クレジット化の意義
  ⑥下水汚泥由来のバイオ炭利用
  ⑦下水汚泥由来バイオ炭の農地施用上の課題
  ⑧プラスチック熱分解炭素の地中隔離・貯蔵手段としての可能性
  ⑨おわりに

①はじめに

 日本では2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、産業界や自治体でGHG(温室効果ガス)排出量削減の努力が進められている。それぞれの事業体が省エネに最大限努力しつつも、なお排出してしまうGHGを、他者が実施する排出抑制量(マイナス排出量)で埋め合わせるカーボンオフセットが認められており、日本では国が認証し発行する非化石証書やJ-クレジットを利用することができる。後者のJ-クレジットは、エネルギー、工業プロセス、農業、廃棄物、森林の分野に亘り、2023年度までの認証量は936万t-CO2に達している。この中で、2020年に農業分野の一方法論として認められたのが「バイオ炭の農地施用」であり、今後各地で応用が広がっていくものと期待されている。以下ではその現状と課題について見てみたい。
 バイオ炭とは、樹木、廃木、草木などのバイオマスを350度以上の高温下で無酸素焼成して得られる固形炭素である。その加熱源は従来おもに燃料の燃焼熱が使われているが、将来的にはケミカルヒートポンプを使って高温産業廃熱などを有効利用できれば、GHG排出量の削減に一層効果的である。

②バイオ炭の農地施用がクレジットに

 2022年6月に、日本クルベジ協会が申請したバイオ炭の農地施用により得られたCO2排出削減量247トンが、J-クレジット制度認証委員会からクレジット認証を受けた。これに先立つ2020年にJ-クレジット制度において、「バイオ炭の農地施用」を対象とした方法論(AG-004)が策定されていたが、この方法論に基づき実際の削減量として認証を受けたのは日本で初めてとなる。また、日本クルベジ協会がバイオ炭で創出するカーボンクレジットの独占販売代理権を取得した丸紅は、クレジット1 t-CO2当たり5万円以上で販売する意向を発表し、これにより協力農家の経営収益の向上を支援すると述べた。
 バイオマス由来の炭素を地中に隔離し貯蔵することでカーボンマイナスと評価するのは、国際的にも認められており、IPCCの2019年改良ガイドライン(2019 Refinement to the 2006 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories)に、農地・草地への投入バイオ炭の土壌炭素ストックへの影響の算定方法が追記されたことで、これに準じて日本のJ-クレジット方法論が策定されている。IPCCガイドラインではバイオ炭(biochar)の定義として「燃焼しないよう制限された酸化剤濃度の条件下でバイオマスを350°Cを超える温度に加熱することで生成される固体材料」としている。350℃以上というのは、炭化物の炭素原子間の2重結合が進展することで強固で分解されにくい固体が形成されるためである。【図1】は国内のJ-クレジットで算定対象と認められるバイオ炭の例である。

       
   【図1】J-クレジット制度におけるバイオ炭の農地施用にかかる方法論に関する農水省説明会資料より

③土壌改良資材としてのバイオ炭、炭素地中隔離手段としてのバイオ炭

 日本では、過去より木炭や竹炭を農地の土壌改良剤として施用してきた歴史があり、1984年の地力増進法施行令では木炭が正式に「土壌改良資材」として政令指定されている。バイオ炭の土壌改良効果は多岐に亘り、研究成果や施用実績が数多く報告されている。また土中微生物との関係では、有機物が土壌中で微生物によってペプチドを経てアミノ酸や無機化窒素に分解され、根から吸収され植物のC、Nの供給源になることが解明されているので、特に有機農業においては、このような微生物の繁殖場としてのバイオ炭の役割が大きい。
 一方、日本においては、バイオマス由来の炭素を地中に隔離し貯蔵する「大気からの炭素分離の手段」としてのバイオ炭の効果の研究はごく限られており、例えば日本の土壌中での長期に亘るバイオ炭炭素の安定性についての有用なデータはほとんどない。これに対し、EUにおいては各国協働の大型プログラムとして「EUROCHARプロジェクト」が2011年~2014年に実施され、バイオ炭の土壌中における100年以上の長期安定性、非有毒性、環境安定性などが検証されている。この結果を反映し、IPCCガイドラインには、様々な原料から製造されたバイオ炭の炭素の含有率と、土壌中に埋設した場合における100年以上の炭素残留率に関するデフォルト値(Fperm)が掲げられている。
 以上の経緯により、日本のJ-クレジット制度におけるバイオ炭施用の方法論でのクレジット量の算定式および参考となる各種のデフォルト値は、IPCC改良ガイドラインをそのまま踏襲したものとなった。これを《表1》に示す。(なお日本で実績のある竹炭データのみ追加されている。)


        《表1》「J-クレジット方法論 AG-004(ver.1.2) バイオ炭の農地施用」より引用

 

④バイオ炭の100年後残存率

 「バイオ炭の100年後残存率」(Fperm)は、生物体を経由してバイオ炭の形で大気から隔離された炭素量のうち、土壌中に十分な長期に亘り貯蔵されると推定される割合であって、カーボンクレジットを算定する上で重要な係数である。この係数はバイオ炭原料の組成や炭化温度等の条件に左右される。IPCCガイドラインでは、EUROCHARプロジェクトで収集された多くのバイオ炭の長期間検証データを基に、長期・短期の二重時定数モデル式のフィッティングから推定されるFperm値をデフォルトとして掲載している。
 一方バイオ炭の原料処理時の炭化温度を知ることが難しいことがある。文献(Woolf et. al: Environ. Sci. Technol. 2021, 55)によれば、バイオ炭の含有水素と含有有機炭素の比(H/Corg)を知ることができれば、下に掲げた【図2】により、比較的容易にFperm値が推定できると提案している。

 

   【図2】バイオ炭の100年後残存率(Fperm)を熱分解温度(左図)
       およびバイオ炭の水素対有機炭素のモル比 (H/Corg ;右図)の関数として示したもの。
              (Woolf et. al: Environ. Sci. Technol. 2021, 55, 14795−14805より引用)

⑤J-クレジットでのバイオ炭クレジット化の意義

 バイオ炭の農地施用がカーボンクレジットとしての価値を持つという第一の意義は、大気からのCO2隔離と長期の地中貯蔵という温暖化対策としての有効性にある。この観点から、2030年度のGHG削減量の対2013年度比46%減という国の目標において、政府はバイオ炭の農地施用が生み出すGHG削減効果(地中貯蔵量)をそのうち0.6%減の効果、すなわち850万t-CO2と期待しているが、主要なバイオ炭原料となり得る間伐材などの林地残材、製材工程の端材、廃木材等の木材原料はバイオマス発電燃料との競合となることを考えると、木材原料由来のバイオ炭に頼る大量のGHG削減は達成が困難であろう。では木材ではない草木原料からのバイオ炭生産がどれくらい可能かということになるが、量的な検討は進んでいない。
 一方、バイオ炭の農地施用がJ-クレジット制度で認められたことは、農業振興に対する経済的支援効果が期待されるという大きな意義がある。農業生産者が自らバイオ炭の農地施用に取り組むことで農地の土壌改良効果など営農上のメリットがあるほか、クレジット化して販売することが、環境に配慮したプロセスで農産物を出荷しているというブランディングにもなる。また企業などはクレジットを購入することで、カーボンオフセットに充てるだけでなく、環境に優れた農業振興計画を支援しているという社会貢献価値を得ることになる。
 実際のところ、商社が値づけるバイオ炭由来のカーボンクレジット単価は、他の省エネ再エネ系のクレジット単価よりはるかに高いが、上記のような社会貢献価値を含むものと考えると当然のことである。

⑥下水汚泥由来のバイオ炭利用

 J-クレジットの方法論が適用できるバイオ炭の対象としては、木材・草木原料だけでなく下水汚泥を原料とするバイオ炭利用も含まれる。全国で発生する下水汚泥量は2022年度に235万t-DS (DS: dry solid)とされ、大部分が肥料や資材として有効利用されている中で、全体の約1割の23万t-DSが既に乾燥・炭化等のプロセスで固形燃料化されている。現状ではこれらの固形燃料は、安価な燃料として発電用や熱供給用に使われている。
このほかに52万t-DSの下水汚泥が単純に埋め立て処分されている。汚泥DSトン当たりでは大略45%重量の炭化物(バイオ炭)が製造されるとの従来例を適用し、もし、両者を合わせた75万t-DSの下水汚泥を、すべて炭化プロセスでバイオ炭に転換すると仮定すると、表1に掲載のデフォルト値を使って、毎年約28万t-CO2相当のGHGを隔離できるという算定になる。木材原料由来のバイオ炭に比べれば、将来的により大量のバイオ炭クレジットを生み出す候補と考えることができる。
 下水汚泥からバイオ炭を製造する炭化システムの実施例を【図3】に示す。汚泥を乾燥し熱分解炉で熱分解ガスと固形炭化物に分解する。熱分解ガスの燃焼熱を炉の加熱源として用い、外部燃料を使わないというエネルギー効率的なシステム構成の考え方となっている。


       【図3】下水汚泥炭化燃料化システムフロー図(東芝ホームページより引用)

⑦下水汚泥由来バイオ炭の農地施用上の課題

 木材由来のバイオ炭ほどではないが、下水汚泥由来のバイオ炭についての土壌改良・農地施用効果についての研究も幅広く行われている。やはり欧州での研究事例が多く、最近のレビュー論文(Khan et. al: Chemical Engineering Journal, 471, 1-13, (2023))によれば、下水汚泥由来バイオ炭は、大きな比表面積、高い吸収性、安定した化学的特性、豊富な多孔質構造などの優れた特性を有することから、上下水処理、土壌改良、炭素隔離といった用途に広く活用できる可能性は明らかである。ただし、汚泥に重金属成分など汚染物質が含まれる場合の低減・除去の対策についてはさらなる研究が必要であること、また一貫した品質、安全性、有効性を保証するために、品質規格と規制を確立することが重要だと述べている。
 未だ日本では、J-クレジットを利用した下水汚泥由来バイオ炭にクレジット認証が与えられたという実例を聞かないが、国内に豊富に存在する炭素原料として利用可能であることは確かなので、国内地下貯留および農地施用への実証研究が早期に進められることを期待したい。

⑧プラスチック熱分解炭素の地中隔離・貯蔵手段としての可能性

 生物由来のバイオ炭の範疇ではないが、化石原料のナフサから造られる各種のプラスチックも炭素源となる有機炭素化合物である。民生用、産業用に利用された後の廃棄プラスチック量は2021年の統計で国内で824万tに上り、そのうち13%の107万tはリサイクル利用されない未利用廃プラである。このような廃プラスチックを高温下で熱分解するプロセスから、固形炭素(char)を製造することができる。仮に炭素収率を20%とすると、未利用廃プラ107万tから21万t の固形炭素が得られ、これを地中への長期分離・貯蔵に当てるのであれば、100年後残存率0.9と仮定して大略70万t-CO2のGHGの地中隔離を毎年行うことに相当すると考えることができる。
 プラスチック素材には、充填剤、酸化防止剤、着色剤などの添加物質が加えられている場合が多いので、これらの除去技術や、地中隔離後の土壌への影響を避ける技術等も必要であるが、プラスチック由来炭素の長期地中隔離を前提とした実証研究はあまり進んでいないのが実情である。化石由来のカーボン隔離であるため、現状のJ-クレジットの方法論は適用できないが、研究が進み、科学的なデータの集積ができれば、新しいカーボンクレジットとして方法論の登録ができるのではないかとも考えられる。

⑨おわりに

 J-クレジット制度において認められた「バイオ炭の農地施用」によるクレジット認証の仕組みにより、農業振興に対する一定の経済的支援効果が期待される。一方、本来の気候変動対策である、大気中炭素の長期に亘る地中隔離・貯蔵という手段の効果と環境への影響については、特に日本の気候と土壌条件下での実証研究は進んでおらず、今後のデータ蓄積が必要と考えられる。
 将来的に、量的にGHG排出量削減効果を期待できるものとして、全国で大量に排出される下水汚泥からバイオ炭を製造し、炭素隔離に利用することが考えられる。また、化石由来ではあるが、やはり大量に存在する廃棄プラスチックからの熱分解固形炭素を地中炭素隔離に利用することが考えられる。この分野の研究の展開についても大いに期待を持って見ていきたい。