knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和6年6月3日

 熱駆動ヒートポンプによるカーボンフリーな排熱や再生可能熱の有効利用


ご所属・職位:東京農工大学大学院工学研究院・教授
ご氏名   :秋澤 淳
ご経歴   :
 1995年東京大学工学系研究科(電気工学専攻)博士後期課程修了。同年より東京農工大学工学部機械システム工学科専任講師。コージェネレーション等の分散型エネルギーシステム,排熱を利用する熱駆動ヒートポンプ技術,太陽熱利用に関する研究に従事。現在,日本エネルギー学会理事,日本太陽エネルギー学会理事 2022〜2023年度日本太陽エネルギー学会会長を務める。ヒートポンプ蓄熱センターの低温排熱利用機器調査研究会主査。

 
 
 
 
 
 
 
 
 



 Contents

  ①カーボンニュートラルに向けたヒートポンプの意義
  ②熱駆動ヒートポンプの種類と役割
  ③吸着冷凍機の構成と動作
  ④熱駆動ヒートポンプによるカーボンフリー熱源の利用
  ⑤吸着材による蓄熱・熱輸送への展開
  ⑥排熱利用社会に向けて
  ⑦参考文献

①カーボンニュートラルに向けたヒートポンプの意義

 地球温暖化問題が「地球沸騰」と表現される状況になり,脱炭素に向けた動きが様々に進みつつある。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの導入が世界的に拡大し,砂漠地帯の大型の太陽光発電では既存の火力発電に比べて十分なコスト競争力があることが示されている。2050年のカーボンニュートラル目標を達成するためには化石燃料の消費を減らすことが第一である。
 日本のCO2発生を部門別に見ると,発電部門からの排出が4割,その他が6割である。その他は産業部門・民生部門・運輸部門で消費する熱や燃料に起因するCO2排出である。言い換えれば,電力を100%再生可能エネルギーに置き替えられてもカーボンニュートラルは達成できず,熱源をカーボンニュートラルにすることが不可欠である。
 ヒートポンプは環境中に拡散した熱あるいはプロセスから排出された熱を回収し,より高い温度の熱に変換する技術である。温水レベルから200℃以下の産業用蒸気レベルに対応している。ヒートポンプが消費する動力(電力)は低温側から高温側に熱を移動させるために使われるが,その動力分も熱として高温側に出力される。その結果,燃料を直接燃焼させるよりも省エネルギーとなることが特徴である。ただし,ヒートポンプの性能(成績係数,COPと呼ばれる)は温度に依存するため,動作環境によって省エネルギー効果には違いが出る点に注意が必要である。
 ヒートポンプには動力によって駆動されるタイプと熱によって駆動されるタイプがある。後者は熱駆動ヒートポンプ(あるいは冷凍機)と呼ばれ,産業用や大型の空調設備に利用されている(⑦参考文献1)。熱駆動の場合の熱源は様々なものがあり,燃料はもちろんであるが,プロセスの排熱や太陽熱・バイオマスなどの再生可能な熱源を利用することができる点に大きな特徴がある。
 熱駆動ヒートポンプ技術は一般的にあまり知られていないので,本稿では熱駆動ヒートポンプの基本的な動作や機能について解説する。

②熱駆動ヒートポンプの種類と役割

 熱駆動ヒートポンプには大きく吸収冷凍機と吸着冷凍機がある。作動媒体がそれぞれ液体と固体と異なり,それに伴い動作がやや違う。なお,熱駆動ヒートポンプのCOPは入力した熱に対する出力された熱の比で定義される。
1)吸収冷凍機
 吸収冷凍機は固体の塩を溶かした水溶液(吸収溶液)を作動媒体に用いるタイプが主である。冷媒は水を使用する。【図1】に最もシンプルな単効用吸収冷凍機の構成を示す。蒸発器で冷媒が蒸発する際に冷熱を発生し,冷媒蒸気は吸収溶液に吸収される。吸収溶液はポンプで加圧された後に再生器で加熱され,冷媒を蒸気として放出し,残った濃縮された吸収溶液が冷媒蒸気を吸収するために循環する。放出された蒸気は凝縮器で冷却され,液体に戻った冷媒が再び蒸発を繰り返す。吸収溶液を加熱する際に外部から投入する熱がこのサイクルを成立させ,冷熱を発生させている。
 吸収冷凍機のCOPは熱源温度に依存するが,90℃程度であればCOP=0.7程度,180℃程度であればCOP=1.4程度が得られる。
 吸収冷凍機は大型の建物や地域冷暖房における空調用の冷水製造に用いられるケースが多い。また,産業用の冷却プロセスにも使用される。
2)吸着冷凍機
 吸着冷凍機はシリカゲルのような固体吸着材と冷媒に水を用いる。冷熱を発生する機構は吸収冷凍機と同じであるが,蒸発した冷媒は吸着材の細孔内に吸着される。吸着した冷媒を脱着させるために加熱する。冷媒が蒸発器から凝縮器に移動・循環させるために吸着材の加熱・冷却を繰り返す。吸収冷凍機のようなポンプはなく,冷媒の加圧を熱によって行う点に特徴がある。
 シリカゲルを使用する吸着冷凍機の場合,熱源温度は70〜80℃程度で,COP=0.5〜0.6程度である。吸収冷凍機に比べてやや温度が低い条件に向いている。
 吸着冷凍機はそれほど普及していない。主に産業用の冷却プロセス用に用いられるが,後述する太陽熱を利用する空調システムの熱源機としても使用されている。

       

③吸着冷凍機の構成と動作

 吸着冷凍機は冷媒蒸気の加圧を熱で実現し,ポンプや圧縮機を必要としない点に動力駆動のヒートポンプや吸収冷凍機との違いがある。サイクルが動作する上でほとんど電力を消費しない。
 前述の通り,固体吸着材に冷媒が吸着・脱着されることで冷凍サイクルが機能する。【図2】に最もシンプルな単段型吸着冷凍機の構成と運転方法を示す。吸着材が脱着している間は冷熱を発生できないので,一台の吸着冷凍機には2基の吸着材熱交換器があり,半周期ずれて交互に吸着・脱着工程を繰り返す。片方が吸着工程で冷媒を吸い込んでいる間に冷媒が蒸発して冷熱を発生する。吸着材熱交換器を切り替えることによって連続的に冷熱を発生させるため,本質的にバッチ運転となる。
 脱着工程では外部から温水を投入して吸着材を加熱する一方,吸着工程では冷却水を投入して吸着材を冷やし,吸着熱を除去する。

④熱駆動ヒートポンプによるカーボンフリー熱源の利用

 熱で動作するということは,様々な熱源を利用できることを意味する。燃料を燃焼させなくてもプロセスの排熱やコージェネレーションの排熱,さらには再生可能な熱源として太陽熱,バイオマス燃料,温泉熱などが利用可能である。吸収冷凍機あるいは吸着冷凍機と太陽集熱器を組み合わせたソーラークーリング(⑦参考文献2)は日本でも導入されている。木質ペレットを燃料とする吸収冷凍機(⑦参考文献3)も実用化されている。
 カーボンニュートラルに向けて空調の脱炭素化は大きな課題である。多くのZEB(Net-Zero Energy Building)で空調のエネルギー消費を抑えることが有効な手段とされている。今後,空調負荷を削減すると同時に再生可能エネルギーへの置き換えは必須と予想される。太陽光発電の電力を蓄電して夜間の空調に使用することも可能であるが,蓄熱の方が容易で経済的である。闇雲に何でも電力を使うのではなく,できるだけ「熱は熱で」(⑦参考文献4)賄い,電力は照明や動力など電気でなければならない用途に使うことが合理的と考えられる。地域の条件に応じて再生可能エネルギーを柔軟に活用することが望ましい。

⑤吸着材による蓄熱・熱輸送への展開

 吸着材はヒートポンプ動作のみならず,蓄熱や熱輸送にも利用できる。加熱して脱着した状態の吸着材は「蓄熱状態」に他ならない。熱が必要な時に水蒸気を吸わせて吸着熱を放出させると「蓄えられていた熱」を取り出せる。この方法は従来の顕熱蓄熱とも潜熱蓄熱とも異なる形態であり,保存中に外部と遮断しておけば放熱による熱損失を生じない点に特徴がある。1日の中での蓄熱・放熱だけでなく,季節間蓄熱のような長期蓄熱にも応用可能と期待される。放熱工程では吸着熱を発生する(冷熱供給の場合には冷媒が蒸発する)ので,蓄熱密度が従来型に比べて大きい点が有利である《表1参照》。
 また,脱着ずみの吸着材を輸送すれば熱輸送になる。NEDOのプロジェクトでこの方法による蓄熱・熱輸送・熱変換の技術実証が行われ,工場の排熱を市民プールに利用する試験が実施された(⑦参考文献5)。熱駆動ヒートポンプ技術を用いれば熱の温度変換に加え,蓄熱・熱輸送を一体的に実現できる。なお,吸収冷凍機の吸収溶液を用いても同様に蓄熱・熱輸送が可能である。

⑥排熱利用社会に向けて

 ヒートポンプは環境中に拡散した熱を使用価値のある温度の熱に変換する技術であり,熱のリサイクルを担っている。熱駆動ヒートポンプはさらに熱の多段階利用に組み込まれ,プロセス等から排出された排熱を有効利用して温度変換を実現する。すなわち,熱のリユースにもなっている。熱の多段階利用は熱が保有しているエクセルギーを使い尽くす理念であり,省エネルギーの基本的考え方である。将来カーボンニュートラルが達成できたとしても,省エネルギーの必要性はなくならない。排熱利用を社会に組み込むことがトランジション期を超えた長期的な課題であり,熱駆動ヒートポンプはそのための重要な要素技術といえる。

⑦参考文献

1)日本冷凍空調学会編, 熱駆動サイクルの技術の基礎と応用, 日本工業出版, 2023
2)太陽熱利用システム, 東京ガスホームページ, https://eee.tokyo-gas.co.jp/product/solar/index.html(2024年5月アクセス)
3)木質ペレット焚吸収冷温水機, 矢崎エナジーシステムホームページ, https://www.yazaki-group.com/solar/device/aroace_pellet/(2024年5月アクセス)
4)熱は熱で, 東京都環境局ホームページ, https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/climate/renewable_energy/ne2(2024年5月アクセス)
5)100℃以下の廃熱を利用可能な蓄熱システムの本格実証試験を開始―オフライン熱輸送型と定置型での通年実証―, NEDOホームページ, https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101168.html(2024年5月アクセス)