knowledgeable opinion カーボンニュートラル

令和6年6月18日

 熱を捨てながら熱を作るのは止めて、エネルギーをリサイクルする


ご所属・職位:株式会社 久米設計 環境技術本部 ダイレクター
ご氏名   :横山 大毅
ご経歴   :
 早稲田大学大学院理工学研究科1986年修了 1986年久米建築事務所(当時)入社
 空気調和設備と給排水衛生設備の設計者として、国内や国外(7か国)の公共施設、
医療施設、商業施設、集会施設、生産施設等多様なプロジェクトに多数携わる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 



 Contents

  ①はじめに 地球の大気濃度と空気調和設備
  ②大気中のCO2濃度上昇を抑える技術とは
  ③皆が使える技術を普及させる
  ④なるべく燃やさないことを考える
  ⑤エネルギーをリサイクルする
  ⑥熱を捨てながら熱を作るのは止める
  ⑦効果を発揮した熱回収システム
  ⑧2024年ASHRAE 世界最優秀賞
  ⑨リサイクルエネルギー研究会

①はじめに 地球の大気濃度と空気調和設備

 地球の大気のCO2濃度は年々上昇を続けています。地球全体の気温も上昇を続け、これが原因による気候変動が深刻な問題として世界共通の課題となり、その解決に向けて世界が動いています。一方で、大気中のCO2濃度と地球の気温には直接な因果関係は薄いと言う人もいます。どちらが正解であるかは別にして、空気調和設備の設計者としては心配なことがあります。
 設計する際の一人当たりの外気量は現在の基準では30m3/hです。これは、私が入社したころは25m3/hでした。30m3/hというのは下記の式から導かれますが、外気のCO2濃度は350ppmと言う前提です。現在は、420ppm前後ですので、実は30m3/hでは不足します。室内へ導入する外気量はその部屋の人員密度を想定し、人数に30m3/hを乗じて決定しますが、その人員密度まで達しないことが多いので現状の30m3/hでまだ大きな問題になってはいません。しかし、大気のCO2濃度の上昇が止まらないといずれは30m3/hでは不足する事態が生じ、25m3/hから30m3/hに変わったときと同様に35m3/hに変わると予測します。外気導入量の増大は空調用エネルギー消費量の増加に繋がり、エネルギー消費量の増加は大気のCO2濃度の上昇を起こすという悪循環になります。現状の濃度程度に留めておく必要があります。



                  【図1】

②大気中のCO2濃度上昇を抑える技術とは

 建築の分野で大気中のCO2濃度上昇を抑える技術として、ZEB(Zero Energy Building)があります。建物で消費するエネルギーを従来の建物の50%以下に減らし、できるだけ太陽光発電を設置して発電を行うことで、消費したエネルギーを相殺するという考えです。この考えは正しいと思うし、最近は「いかにしてZEBを達成するか」が空気調和設備設計者の主要なテーマです。この考えに、私は以下の3つの考えを加えることを提案します。
 1.皆が使える技術を普及させる。
 2.なるべく燃やさないことを考える。
 3.エネルギーをリサイクルする。

③皆が使える技術を普及させる

 「皆が使える技術を普及させる。」は巷に走る車の排気ガス規制と同じ考えです。世の中に多く出回っている「自家用車+業務用自動車」の排気ガスを抑えなければ大気は浄化されないのと同様に、巷の建物でエネルギー消費量やCO2排出を抑える技術を開発しなければ意味がありません。時々、「**学会で最優秀賞」と言う技術を見ると、「学術的には高度かもしれないが、他の建物で容易に使えるのか。」というものを目にします。必要なのはレースにしか使われないF1用の技術ではなく、自家用車のための技術です。

④なるべく燃やさないことを考える

 現状の建築設備の分野で最もCO2を排出しているのは燃焼系の機器ですが、これらの機器が稼働する時間を減らす手段を講じることが必要です。具体的には、ボイラーやガス給湯器の設置が必要な建物は沢山ありますが、「なるべく燃やさないこと」が重要です。例えば空冷ヒートポンプを容易に屋上に置けないような地域冷暖房施設や寒冷地域の建物等で加熱源にボイラーを置く場合があり、温暖な地域でも電気需要を抑制するために吸収式冷温水機等を置く施設も多くありますが、ボイラーや吸収式冷温水機のバーナーに火が付くのは最後の最後という発想が必要です。

⑤エネルギーをリサイクルする

 「エネルギーをリサイクルする。」はこのコラムでの最も重要な点です。周りを見渡すと常に発熱をしている機器があります。冷蔵庫、冷凍庫、コンピューター、電気室、エレベーター機械室等です。機器自体や設置されている部屋を冷やすために冷却排熱を外に放出します。私は、医療施設の設計経験は10件を超えますが、「医療施設では年間を通じて給湯加熱や冬季の暖房用の温熱源を必要としている一方で、電気室や医療機器や冷蔵から生じる冷房排熱を大気に放出している。熱を捨てながら熱を作るのはもったいない。止めたい。」と思っていました。外に放出している冷却排熱をリサイクルすれば、給湯加熱需要や暖房の需要に対応できます。

 


                  【図2】

 

⑥熱を捨てながら熱を作るのは止める

 これから紹介する帯広厚生病院のシステムは、上記の1~3の考えを具体化したものです。-20℃を下回る寒冷地でもあり、1年8670時間の2/3は暖房需要がある地域ですので、院内から出てくる「空調の排気熱や冷却装置の排熱」は無駄に捨てることなく利用して、空調や給湯の加熱源にしています。医療機器、冷蔵庫、サーバー室、電気室などすべての冷却排熱を徹底利用するという日本初の試みです。



                  【図3】


 具体的に記述すると、個別冷房機の代わりに中央熱源からの冷水配管に接続して冷却し、冷房排熱を熱回収ヒートポンプチラー(以下、熱回収HP)で熱回収し、暖房や給湯の加熱に利用するシステムとしました。熱源設備全体としては、極寒地域であるので空冷ヒートポンプは使用が極めて困難であるので、吸収冷温水機3台を軸に、井水熱源冷房専用チラー(以下、井水チラー)、熱回収HP、温水ボイラー、蒸気ボイラーの組み合わせとしました。熱回収HPの設備容量が暖房用温熱全体に占める比率は約9%です。空調配管は4管式とし、冷水と温水需要に柔軟に対応できるシステムとしました。



                  【図4】

 また、熱回収HPからの排温水配管を暖房用温水系に直に接続することを避け、熱交換器を介してヒートポンプからの排温水配管を間接的に接続し、排温水で還り温水を昇温させ、昇温後の温度が暖房に必要な温水温度に不足する時にはボイラーが昇温するシステムとしています。熱回収HPが供給する冷水需要が減少したときに排温水温度が低下しますが、上記の対応を取ることで暖房用温水温度を安定させています。寒冷地には必要な処置です。以上のシステムは、高度なことはしておらず「皆が使える技術」です。



                  【図5】

⑦効果を発揮した熱回収システム

 2019年の1年目の運転を経て2020年の2年目を迎える際にはエネルギーサービス事業者に各種のチューニングをして頂き、冬期の熱回収率はほぼ100%となりました。熱回収HPからの空調温水の供給割合は2019年には33%でしたが2020年には58%に増加し、給湯用予熱の供給割合は2019年が17%であったが23%に増加しました。



                  【図6】


 熱回収HPが1年を通して優先的にベース運転を行うことで冷熱と温熱を供給し、不足時には他の熱源を併用運転しているという設計意図通りの運転となりました。
ガス消費量が約450,000Nm3/年削減され、CO2削減量は約800t- CO2となり高いCO2排出抑制効果を示しました。
4月から10月にかけては、熱回収HPだけで90%以上の暖房用温熱を供給しています。
「エネルギーをリサイクルする。」と「なるべく燃やさないことを考える。」を達成しています。
11月から3月の1日の最低外気温度の平均が0℃を下回る時期には、熱回収HPの他にボイラーなどが稼働しています。
暖かい地域で冷房装置の排熱を利用した熱回収システムを採用すれば、他の熱源機器をほとんど使用せずに暖房や給湯予熱用温熱の大部分を供給可能です。世界の国々のカーボンニュートラル実現へ貢献できます。



                  【図7】

⑧2024年ASHRAE 世界最優秀賞

 2023年のASHRAE(アメリカ暖房冷凍空調学会)のメンバーが集う冬季大会にて、ガスなどの化石燃料での暖房や給湯を止めて電化を推し進めるにはどうしたらよいかを真剣に議論しているアメリカやイギリスの多くの人々の姿を目にしました。「私が帯広で実現したことが、役に立ちませんか?あなた方がやろうとしていることの一つはこのようなことですよね。」とASHRAEの技術表彰制度に応募したところ、医療施設新築部門で1位となり、10件ある1位の中で最優秀賞受賞となりました。予想もしていなかったことであり、驚いてはいますが先に述べた「皆が使える技術を普及させる。」、「なるべく燃やさないことを考える。」、「エネルギーをリサイクルする。」を評価して頂いたと考えています。



                  【図8】

⑨リサイクルエネルギー研究会

 冷房の方は機器がインバーターターボ冷凍機に代表されるように高効率化してきましたが、暖房の技術は発展途上です。この熱回収ヒートポンプシステムは、現時点では建築物省エネ法の標準入力法での未評価技術です。普及を進めるために適正な評価ができる計算方法や設計ガイドラインの策定を目指したいと考えて、リサイクルエネルギー研究会を発足できないかと考えています。
世の中には使われずに捨てられている多くの排熱があります。
 例を挙げると、下図のものです。私は、データーセンターは寒いところに設けて周囲に温水を配ればよいといつも考えています。また、電気室やサーバー室の冷房には単独空調としてパッケージエアコンが置かれることが多いですが、セントラル化して発電機でバックアップを行い、冷房排熱を暖房に生かすべきかと思います。
 電気室にヒートポンプ給湯器の室外機を置くこともリサイクルエネルギーシステムです。
できることから始めませんか。

                  【図9】

 カーボンニュートラルを実現するには、「熱を捨てながら熱を作るのは止める。」という考えが必要です。
 今回のコラムを通じて熱回収システムが普及し、省エネルギーとCO2削減に貢献することを願っています。