令和6年10月17日
自然冷媒(CO2)ヒートポンプ式給湯機の開発ストーリー |
ご所属・職位:(株)デンソー 商用サーマル事業部 商用サーマル開発統括室
キャリアエキスパート
ご氏名 :榊原 久介
ご経歴 :
1988年 静岡大学大学院工学研究科(精密工学専攻)修了
1988年(株)デンソー入社 第3事業本部(現サーマル事業グループ)へ配属
1997年 冷暖房開発部 新事業開発課へ異動 現職へ至る
車載空調機器、冷凍機応用住設機器の開発に多数関わる
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Contents
①はじめに
②はじまりは一通の手紙から
③エコキュートのはじまりは研究者同士の出会いから
④それぞれの挑戦
⑤販売に向けた仲間つくり
⑥エコキュートの現在地と将来
①はじめに
みなさんはエコキュートという製品をご存じでしょうか。世界に先駆けて日本で初めて量産化された家庭用CO2冷媒ヒートポンプ式給湯機の愛称として、メーカー各社の製品カタログ等のPR商材に使われていますので目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。家庭で消費される1次エネルギーの約1/3を占める給湯用エネルギーを大幅に削減するこの製品は、2001年に発売されて以来、夜間の割安な電気代による低いランニングコストも相まって、オール電化住宅とともに普及拡大を続けてきました。(【写真1】、【図1】)
その販売においては、発売直後からその温暖化ガス削減効果に期待した政府による普及施策としての購入補助金による後押しを頂き、一時は、東日本大震災の被害による電力不安からネガティブなイメージもありましたが関係各社の地道で継続的な販売努力と、最近では政府の2030年度におけるエネルギー需給の見通しを背景にした『給湯省エネ2024事業』で補助金が復活し、ここ数年では年間約60万台超、累積販売数はまもなく1000万台に届くほどの市場となりました。【図2】 最新の数字を関西電力(株)のHP[1]から引用すると、給湯のCO2排出量を43%も減らすとされており、総量としてもCO2排出量削減に貢献できるようになったと思います。
このように今ではヒーターでお湯をつくる貯湯式電気温水器に付きまとう低効率機器のイメージを払拭し、クリーンでエコ、なおかつ低ランニングコストで家計にも優しい給湯機として選択される製品となったエコキュートですが、ここに至るまでにはいくつかの偶然と多くの方の苦労がありました。ここから紹介するストーリーはこのエコキュートの開発から普及に至るまでの歴史の中の私が見てきたほんの一部ですが、少しでも当時の熱量を感じていただければと思います。
【写真1】デンソー製CO2冷媒ヒートポンプ給湯機(2001年モデル)
【図1】CO2冷媒ヒートポンプ給湯機概念図
【図2】販売実績 (日本冷凍空調工業会自主統計より)
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②はじまりは一通の手紙から
デンソーにおける自然冷媒(CO2)への取り組みは1993年に出したノルウエー工科大 グスタフローレンツェン博士への一通の手紙から始まりました。博士が著した、環境問題の観点からCO2を冷媒とする、という研究論文に興味をもった社内技術者が送った問い合わせの手紙です。当時はカーエアコンに採用していた冷媒R12によるオゾン層破壊の抑制が社会課題となり、業界を挙げてオゾンを破壊しない新しい冷媒R134aへの切り替えを進めている最中ではありましたが、業界の対応の方向性が見えるころになると欧州からはこのR134aの温暖化効果(GWP)が1430と高いことに対する懸念の声が大きくなり、自然冷媒でありGWPが1のCO2(R744)への注目が集まり始めました。デンソー内でもこの流れを受けて検討チームが立ちあがり、私はそのチームの実務中心としてまずはCO2冷媒の関係文献を漁り、サーベイ試験等による技術課題の明確化を進めました。その結果をもって欧州のOEMとも議論を重ねましたが、カーエアコン用としてはCO2冷媒の暖房性能の良さもありましたが冷房条件での性能の悪さが解消できず、エンジン車中心の当時の状況では運転時の消費動力が増えることによる燃料消費量の増加分で温暖化影響が低いメリットを打ち消してしまうという結論付けをしました。カーエアコン用冷媒としてのCO2については技術的課題から徐々に下火になりましたが、社会的には1997年に開催されたCOP3京都会議では、HFC冷媒を含む温暖化効果ガスの削減目標が定められたことを受けて、主に廃棄時の冷媒回収義務が法整備されるなど冷媒自身の温暖化影響について注目度が上がってきた時代でした。
③エコキュートのはじまりは研究者同士の出会いから
丁度同じころの電力中央研究所では、ある研究者による電力の有効利用方法の研究としてCO2を冷媒とする給湯機の研究が始まっていました。電力中央研究所のテーマとしては大きなものではありませんが、ヒートポンプの可能性、有効性を信じたトップの判断で継続されてきた分野とのことです。その研究者が1998年にノルウエーのオスロで開催された国際自然冷媒会議で、所内に設置したCO2冷媒ヒートポンプでお湯を作る試験装置でその特性と評価した成果を報告[2]したのですが、偶然にもこの場にデンソーの技術者も自然冷媒を採用したカーエアコンシステムの研究成果報告[3]のために出席しており、会議の合間に両社が初めて出会うことになりました。
ところ変わって東京電力ではCOP3京都会議の結果を受けて生活の質向上に伴いエネルギー消費量が増え続ける家庭分野にも危機感を持っていました。特に、できたばかりの家庭電化部門内では電気ヒーターでお湯を作る旧来の電気温水器を何とかしたいとの思いがあったそうです。そんな時、先の電力中央研究所の研究成果を知り、その可能性を感じた東京電力の立役者が、製品開発から量産対応までできるメーカーへ共同開発の打診をして回りました。その中に従来から付き合いのある家電メーカーと同時に先の電力中央研究所の研究者から紹介されたデンソーも含まれていました。
当時のデンソー社内ではカーエアコン向けのCO2冷媒検討もひと段落し、私自身は車載製品事業の枠を外した新事業を探索するチームへ異動となっていました。国内向けカーエアコンの売り上げの伸び悩みが見えてきたことを背景に、5名の技術者と2名の企画担当を中心として新たな事業の柱を作り上げるべく編成されたチームでした。そこへついに1998年7月、電力中央研究所の報告を受けた東京電力の当の本人がデンソー本社を訪れ、CO2を冷媒とするヒートポンプ式給湯機(後のエコキュート)の共同開発のオファー、年間60万台の市場に育てたいので協力してほしい。『21世紀の給湯革命』を起こしたい、と提案をされました。私も同席していたこの熱く夢が語られた一場面が契機となり、カーエアコン用に行ったCO2冷媒サイクルの基礎検討結果を元にしたこの提案の技術検証が始まりました。その素性の良さ、実現可能性はほどなく検証できましたが、当時の電気温水器の市場約20万台の3倍の市場にするという車載事業しか経験のないデンソーにとってはあまりに大きな話に事業部全体を巻き込んだ検証が行われ、会社経営陣の承認のもとでこの一大プロジェクトが始まることになりました。技術としては、CO2冷媒の高い作動圧に耐えて高い効率を実現する機能品の基本設計、超臨界での特性を十分に活かす制御技術等(【図3】、【図4】、【図5】、【写真2】)、この頃に集中して開発した技術が今も製品の中で活きています。[4][5][6]
【図3】CO2冷媒ヒートポンプの基本特性
【図4】遷臨界CO2サイクルの最適化制御
【図5】超臨界CO2冷媒用熱交換器
【写真2】CO2冷媒ヒートポンプ給湯機のプロト機(電中研での評価風景)
④それぞれの挑戦
このプロジェクトについては、後に東京大学公共政策大学院の論文[7]で取り上げられています。その中では、『ここで重要なのは、そうした新規性のある商品化に成功したアクターが、いずれもそれぞれの組織内で、あるいは業界内では非主流の位置に属していた点である。』とし、『主流派ゆえの固定観念や利害関係にもとらわれづらく、かつ、完全な部外者とは異なり、必要な専門知を持ち得たという、優位な位置に属する境界的(marginal)なアクターが大きな役割を果たしたことになる』と分析されています。電力会社にいながら電気そのものでは無く住宅設備のニーズとして捉え、電力事業者の研究所でありながら電力の売り上げが減ってしまうその効率的な利用に寄与する研究に取り組み、主力製品のカーエアコン事業の将来を見据えたCO2冷媒サイクルの技術とそのモノつくりを追求する傍流で新たな事業の探索を進めていたメーカー、とカギとなるリソースが偶然にも一つに集結したということでしょうか。
製品開発のキー技術になったのは、CO2を冷媒とするヒートポンプだけではありません。給湯機として十分に機能するためには、必要な時に必要な量のお湯を供給できるようにする必要があります。そのためにはあと2つの重要な技術があります。その技術の一つ目は、エコキュートは4.5㎾とガス給湯器の約1/10程の加熱能力で夜の間に高温にしたお湯を貯湯タンクに貯め、これを設定された温度に調整して給湯しますので、翌日に使うお湯の需要予測技術が重要となります。その予測技術が十分な精度を出せないとお湯を必要以上に作ったり、足らなくなったりと給湯機としての基本機能を満足できないことになります。残る最後のキー技術は如何にヒートポンプを動かすかという貯湯制御技術です。ヒートポンプを稼働させてタンクへお湯を追加するのは主に電気料金の安い夜間時間帯です。当時の電気料金メニューでは主にPM11:00からAM7:00がその時間帯となり、電力会社の規程によりAM7:00に加熱運転が完了するように求められていました。ここで厄介なのは、ヒートポンプの加熱出力はその特性から電気ヒーターのように一様に定まらないことです。同じコンプレッサの周波数でも外気温度、入ってくる水の温度によって加熱出力が大きく影響され、単純に目標熱量を定格出力で割るわけには行きません。そこで、前述の需要予測技術で算出した湯量予測値と翌日の水道水の想定温度、現在の貯湯タンクの湯量からタンクに追加で沸かし上げるお湯の目標温度と量を正確に見積もり、この目標値とヒートポンプの特性から算出する沸き上げ流量から、夜間の安い電力帯が終わる翌日の朝の7時までに沸き上げを完了するための運転開始時間を導きだします。また、この時、目標沸き上げ温度等の条件から昼間に追加の沸き上げが必要と判断すれば、翌日の需要予測量の一部をAM7:00までの深夜時間帯には沸かさず、以降の時間帯で貯湯タンクの残湯量を見ながら適切に追加沸き上げするようにします。このように立案した需要予測とヒートポンプの運転計画を基に、日中もユーザーの使い方と照らし合わせながら追加の沸き上げを行うことで、いつでも快適にお湯を使っていただくことができるようになっています。【図6】
このような複雑な制御が理屈のみで解決できるわけでもなく、3社で議論を重ねて考え出したアイデアをすぐに試作品に織り込んで実際のモニター邸での評価を繰り返しました。当時は今のようなweb会議システムは導入されておらず、東京、次は刈谷のデンソー本社を何度も往復し、時にはモニター邸の庭先でと、正にひざ詰めで議論を重ねて構築していきました。当初のプロト機のモニターに協力いただいたお宅は、北は北海道から南は沖縄までの5軒。この5軒で得た知見を、最終的に30軒以上のモニターに拡大し、様々なお湯の使い方を想定した貯湯技術の開発を試していただきました。当然我が家もその内の一軒で、帰宅した後もその動きが気になってPCのモニター画面をのぞき込んでいたこともあります。【写真3】
【図6】お湯の需要予測と貯湯制御
【写真3】筆者宅モニタ機
⑤販売に向けた仲間つくり
2000年の冬になるとエコキュートの試作品も完成し、3社名でプレスリリースも行うとともに、販路確保に向けたプレゼンテーションを繰り返し行っていました。東京電力のお声がけで電力会社はもちろん、住宅メーカー、住宅設備機器メーカーを何社もデンソー本社へお招きし、普段は開発車両を入れて評価する実験室内へ設置したエコキュートを囲んで、その商品とその技術について何度も説明させていただきました。その中ではいろいろな観点からの技術的示唆もいただき、すぐに設計へ反映する等、我々デンソーのメンバーにとっては今までの車両メーカーとの関係では得られなかった刺激をたくさん得ることができたのも、このエコキュートに関わることができたおかげかと思っております。このエコキュートに可能性を感じていただいた方の総知で磨き上げられた製品がついに2001年4月に世界初の家庭用CO2冷媒ヒートポンプ給湯機として量産開始されました。発売初年度はデンソーからOEM供給した6ブランドとデンソーに続いて発売開始した国内メーカー2社から合計3000台あまりの販売実績ではありましたが、スローガンだった『21世紀の給湯革命』に間に合う第一歩となりました。
⑥エコキュートの現在地と将来
発売開始から23年、2011年の東日本大震災から13年。これを契機に電力を取り巻く環境も大きく変化し、深夜電力温水器に端を発した夜間蓄熱機器としてのエコキュートもその機能が進化しています。最近では太陽光発電の余剰電力を吸収する機能として電気エネルギーをお湯に変えて貯蔵する機能を備えたものも発売され、自然を相手にする再生可能エネルギーによる発電変動を吸収して使いやすい電力に調整する役割の一旦を担うことが可能になっています。研究としては、エコキュートをネットワークに接続して広域に余剰電力を吸収するように運転させることで、2~4kWh/台の蓄電池に相当するという報告[8]もされ、家庭に必需品の給湯機で余剰となってしまう再エネを有効活用し、更にヒートポンプの効果で大気熱まで利用することが、すでに実現可能な技術となっています。
冷媒に関してもCOP3京都議定書から時代は進み、MOP28キガリ改正では温暖化効果を持つHFCそのものを大幅に削減させる国際合意ができており、更には欧州のPFAS規制案ではR134aおよびその代替のR1234yfの使用も制限されようとしています。その対応技術として自然冷媒であるCO2へ再び大きく光があたるようになり、欧州の定置冷凍機、一部メーカーの車載空調へも採用が始まっています。世界的な広がりを見せるためにはまだまだブレークスルーが必要な冷媒ですが、様々な環境影響をクリアする究極の冷媒としての期待が高まっているのを感じます。CO2を冷媒とする冷凍機が運転を始めて100年以上、デンソーがカーエアコン用として検討を始めてからでも30年近くが経過し、フロンに比べて扱いにくい特性を持つ冷媒ですが完全に見捨てられもしなかった、ある意味究極の冷媒ではないでしょうか。今後もヒートポンプ技術とともに環境問題に対応した実行可能な具体策として一層の進化、浸透を期待しています。
参考文献
[1]関西電力(株)HP https://kepco.jp/denka/ecocute/
[2]M. Saikawa, K. Hashimoto, An experimental study on the behavior of CO2 heat pump cycle, in: Proceedings of Natural Working Fluid ’98 IIR – Gustav Lorentzen Conference, 1998, pp. 223–229
[3]M. Hirata, K. Fujiwara, Improvement of mobile air conditioner system from point of global warming problems, in: Proceedings of Natural Working Fluid ’98 IIR – Gustav Lorentzen Conference, 1998, pp. 314–323.
[4]加藤裕康、神谷治雄、秋山訓孝(デンソー)、内田和秀(部品総研)、斎川路之、橋本克己(電中研)、CO2冷媒給湯用コンプレッサの開発:日本冷凍空調学会学術講演会講演論文集 2001,A7,pp.25-28
[5]河地典秀、沖ノ谷剛、山本 憲(デンソー)、斎川路之、橋本克己(電中研)、小早川智明、草刈和俊(東京電力)、長田裕司(豊田中央研究所)、CO2冷媒給湯機用熱交換器の開発:日本冷凍空調学会学術講演会講演論文集2001,A8,pp.29-32
[6]榊原久介、伊藤正彦(デンソー)、草刈和俊、小早川智明(東京電力)、斎川路之、橋本克之(電中研)、CO2冷媒ヒートポンプ給湯機の性能特性:日本冷凍空調学会学術講演会講演論文集2001,A9,pp.33-35
[7]寿楽浩太、鈴木達治郎、東京大学 公共政策大学院 ワーキング。ペーパーシリーズ 家庭用高効率給湯器の研究開発・導入普及過程 -公共政策的観点からの事例分析-
[8]A comparison of the effects of energy management using heat pump water heaters and batteries in photovoltaic -installed houses, Yumiko Iwafune, Junichiro Kanamori, Hisayoshi Sakakibara Energy Conversion and Management, Volume 148, 15 September 2017, Pages 146-160