knowledgeable opinion カーボンニュートラル
令和6年12月00日
ヒートポンプをはじめとする電気→熱変換技術と蓄熱技術を用いた
蓄エネルギー技術「カルノーバッテリー」の可能性 |
ご所属・職位:北海道大学大学院工学研究院・教授
ご氏名 :能村 貴宏
ご経歴 :2013年北海道大学大学院工学院(材料科学専攻)博士
後期課程修了、博士(工学)取得、北海道大学大学院工学研究院附属
エネルギー・マテリアル融合領域研究センター博士研究員、特任助教、
准教授、アンビシャステニュア准教授を経て、2024年10月1日より教
授。潜熱蓄熱材料の研究開発を基盤として、エクセルギー再生技術、
カルノーバッテリー、産業排熱の回収技術の開発に多数携わる。
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Contents
①はじめに
②カルノーバッテリー技術の概要
③カルノーバッテリー導入に向けた国内外の動き
④おわりに
①はじめに
2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、太陽光発電や風力発電などの変動性再生可能エネルギー(再エネ)の導入拡大、主力電源化が進められている。第6次エネルギー基本計画(2021年10月策定)では、再エネについて2030年時点での電源構成比36-38%の目標が掲げられた。現在進められている第7次エネルギー基本計画策定においては、2040年における再エネ電源の構成比率が議論されているが、その増大は不可避と思われる。このような状況下で、蓄エネルギー(蓄エネ)技術導入の必要性が急速に拡大している。特に、再エネの余剰電力の発生に起因する電力の需給バランスの調整、それに伴う経済合理性のある再エネ電気利用を目的として、数時間~日単位で充電と放電を繰り返すことができる蓄エネ技術の必要性が高まっている。蓄電池、水素、揚水発電、蓄熱、圧縮空気貯蔵、フライホイールなど、貯蔵するエネルギーメディアの形態、目的とする出力や貯蔵期間に適した様々な蓄エネ技術があるが、“熱”として貯める「カルノーバッテリー」と呼ばれる新たな技術が注目されている。
カルノーバッテリーは、再生可能エネルギー由来の電力の余剰あるいは変動が大きく使用困難な部分を高温の熱に変換し、その熱を中~大規模の蓄熱システムに貯蔵(蓄熱)しておいて、電力需要の大きい時間帯に貯蔵した熱を使って熱機関で発電する"Power-Heat-Power"タイプの蓄エネルギー技術である。【図1】はそのコンセプトを示す。電力を熱に変換することを特徴としていることから、太陽熱発電(Concentrated Solar Power: CSP)はカルノーバッテリーではない。また、熱機関を使って発電することを特徴とすることから、熱電発電はカルノーバッテリーではない。カルノーバッテリーのコンセプト自体は20世紀初頭に提案されていたが、再エネ導入量の増大に伴い、改めて開発が急速に進んでいる。
本稿ではまず、カルノーバッテリー技術の概要を説明する。次に、カルノーバッテリー技術の体系化・普及促進を目的とした国際連携の動きについて紹介する。
【図1】カルノーバッテリーのコンセプト
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②カルノーバッテリー技術の概要
カルノーバッテリーのコンセプト
カルノーバッテリーは主に3つのプロセスで構成される。【図2】はその概要を示す。プロセスAは電気から熱への変換である。電力および低温の熱源を投入し、ヒートポンプを用いて低温熱を電力で昇温(または冷却)する。また、ヒートポンプではなくヒーターで高温熱を発生させるシステムの開発も進んでいる。プロセスBは蓄熱である。プロセスAで発生させた熱を蓄熱システムに貯蔵する。蓄熱技術として、溶融塩を用いた液体顕熱蓄熱技術、コンクリートや砕石などを用いた固体顕熱蓄熱技術、より高密度に熱を貯蔵可能な潜熱蓄熱技術や化学蓄熱技術、およびこれらを組み合わせたハイブリッド型などの開発が進められている。プロセスCは熱から電力への変換である。プロセスBで蓄えた熱を熱源として、熱機関を用いて電力へと変換し、供給する。プロセスCでは低温の熱が発生するため、地域熱供給などと組み合わせ、電気と熱を併給することも考えられている。
カルノーバッテリー導入のメリット
蓄エネ技術として、カルノーバッテリーには以下の特徴がある。
1. 安定した電力供給が可能
中~大規模な蓄熱システムを使って熱を貯蔵するため、熱→電気の変換時の熱の入力温度の変動が少なく、結果と
して安定した電力供給が可能となる。
2. 余剰電力の運用が可能
蓄熱技術は概ね数時間~日単位での蓄エネに適しており、余剰電力の運用に適した技術である。
3. 建設立地に制約がない
カルノーバッテリーは揚水発電や圧縮空気貯蔵と同様のGWhクラスの蓄エネ容量が標準仕様となると見込まれて
いる。立地に制約がある揚水発電や圧縮空気エネルギー貯蔵とは異なり、カルノーバッテリーはコンパクトなシス
テム設計が可能であり、基本的には建設立地に制約はないGWhクラスの蓄エネ技術として期待されている。
4. 他の蓄エネルギー技術に比べて低コスト
カルノーバッテリーは蓄電池などと比べると圧倒的に低コストで建設できることが予想されている[2]。また、資源
的な制約がないことも特徴である。
5. 同期慣性力の機能を持つ
カルノーバッテリーは貯めた熱を熱源として熱機関を用いて発電し、電力供給する。よって、火力発電同様の同期
慣性力を持ち、電力系統の安定性維持に貢献できる。
6. 石炭火力発電の設備を転活用可能
特徴5と同様、カルノーバッテリーは熱機関をプロセスとして活用する。よって、石炭火力発電所の施設を利活用で
きる可能性がある。
7. 熱電併給により高いエネルギー効率を実現可能
カルノーバッテリーのPower to Power効率は40~60%程度が見込まれているが、熱機関使用時に発生する排熱を
地域熱供給ネットワークに接続して利活用することで、80%以上の総合エネルギー効率が期待できる。
8. 極めて高い繰り返し耐久性
蓄熱技術のみを考えると数10万回~100万回レベルでの繰返し耐久性が期待できる。これは、すでにリジェネバー
ナーなどのより過酷な環境で使われる蓄熱技術において証明されている。よって、カルノーバッテリーは30年程度
の寿命が想定されている。
カルノーバッテリーの技術体系
電気→熱への変換方法(【図2】 プロセスA)で分類すると、カルノーバッテリーはPTES(Pumped Thermal Energy Storage)と、ETES(Electric Thermal Energy Storage)の二つに大まかに分類することができる。
【図3】にPTESの原理を模式的に示したものである。蓄熱/蓄電モードでは、電力および低温の熱を投入し、ヒートポンプを用いて低温熱を電力で昇温し、その熱を一旦高温熱溜(=高温側蓄熱システム)に貯蔵する。放熱/発電モードでは、蓄熱材に蓄えられた熱を高温熱源として、熱機関により発電する。この際発生する低温熱は低温熱溜(=低温側蓄熱システム)で貯蔵する。ヒートポンプと熱機関の効率は逆数の関係にあるため、PTESの効率(供給電力/投入電力)は、カルノー効率の制約を受けず、理想的には1となる。一方、電気→熱および熱→電気の変換時の効率に大きな影響を受け、概ね、0.5~0.7程度の効率となることが予想されている[1]。
【図4】はETESの原理例を示す。蓄熱/充電モードでは、再生可能エネルギー由来の電力を入力して、電熱ヒーターなどを利用して高温熱を発生させ、その熱を蓄熱システムにて貯蔵する。放熱/発電モードでは、蓄熱システムに貯蔵した熱を高温熱源として、熱機関を利用して発電する。ETESの理想的な効率ηは、発電システムを駆動する際に使用する熱力学サイクルにおける最高温度THと最低温度TLの温度から、η=1-TL/THとなる。
【図2】カルノーバッテリーの基本構造
【図3】PTESの原理
【図4】ETESの原理例
③カルノーバッテリー導入に向けた国内外の動き
IEA Task 36 “Carnot Batteries” [2]
カルノーバッテリーは蓄電池などよりも低コストな蓄エネルギー技術となる可能性があり、近年欧州を中心に開発が急速に進行している。そこで、カルノーバッテリーの可能性を体系的に調査、評価するための産業界、学術界の専門家から成るプラットフォームを確立することを主意として、IEA(国際エネルギー機関)エネルギー貯蔵技術協力プログラム(Energy Conservation and Energy Storage (ECES) – IEA Technology Collaboration Programme)の国際共同研究活動の一つとして、Task 36 Carnot Batteriesが2020年に発足し、3年間の活動を終えた。この活動が原動力となって、カルノーバッテリーという技術(あるいはその用語そのもの)が、世界的に認知されるようになった。
IEA Task 44 “POWER TO HEAT & HEAT INTEGRATED CARNOT BATTERIES FOR (INDUSTRIAL) HEAT AND POWER SUPPLY”[3]
IEA Task 36の後継として、Task 44 “POWER TO HEAT & HEAT INTEGRATED CARNOT BATTERIES FOR (INDUSTRIAL) HEAT AND POWER SUPPLY”が2024年に発足した。Task 36はカルノーバッテリーという技術の認知と技術体系の集約が主目的であったが、Task 44ではより実践的に、最適な導入先、利用条件の検討が主目的となっている。また、カルノーバッテリーだけではなく、産業用のPower to Heat技術に関する検討も新たなトピックスとして議論されている。
Long Duration Energy Storage (LDES) 協議会 [4]
長期間蓄エネルギー技術(LDES)に関する協議会が、COP26で発足し、現在19カ国、50以上の機関が参画している。この協議会では、LDESに関する様々な試算を報告している。その中で蓄熱技術はリチウムイオン電池は水素に対して、8~150 hの蓄エネ時間において優位であり、LDESにおいて最重要技術として位置づけられている。
International Workshop on Carnot Batteries(IWCB)
「カルノーバッテリー」の提唱者であるAndre Thess博士を中心として、カルノーバッテリー技術に関する国際会議(IWCB)が2018年より2年置きに開催されている。2024年9月には第四回が開催され、特にPTESに関する最新開発、プロジェクト動向が報告された。
カーボンニュートラルに向けたエネルギー貯蔵技術研究会
日本機械学会動力エネルギーシステム部門「カーボンニュートラルに向けたエネルギー貯蔵技術研究会」が発足し、活動を終えた。この研究会では、関連技術の実現可能性、事業性等にかかる科学的見地に基づいた望ましい2050年カーボンニュートラル達成に向けた最適なエネルギーストレージ技術が検討され、変動性再エネ主力電源化に対応したエネルギーストレージベストミックスの確立を図るべき、ゼロカーボンエネルギーによるグリーン社会への転換を図るべき、産業・民生部門における蓄熱技術の更なる有効活用を図るべき、2050年以降のカーボン・ネガティブ・エミッションの実現を目指したエネルギーストレージ戦略を構築すべき、といった4つの提言がなされた[5]。この提言において、カルノーバッテリー関連技術は最重要技術として位置づけられ、その導入に向けた開発を国を挙げて実施すべきことが言及されている。
④おわりに
本稿では、蓄熱を利用した古くて新しい蓄エネルギー技術であるカルノーバッテリー技術を概説し、その体系化・普及促進を目的とした国内外の動きについて紹介した。欧州ではカルノーバッテリーの実装に向けたプロジェクトが多数始動し、その開発が急速に進んでいる。再エネのうち太陽光発電の占める割合が大きい日本においても、その導入に向けた開発が急がれる。
参考文献
[1] Steinmann W-D. Thermo-mechanical concepts for bulk energy storage. Renewable and Sustainable Energy Reviews. 2017;75:205-19.
[2] https://iea-es.org/task-36/
[3] https://nachhaltigwirtschaften.at/en/iea/technologyprogrammes/es/iea-es-task-44.php
[4] https://www.ldescouncil.com/
[5] https://www.jsme.or.jp/about/about-jsme/proposal/teigen202404/