Contents
①電力GXのキーワード:動的CO2排出係数
②大規模建築物のエネルギー調整力:蓄熱槽と冷凍機
③未来を予測しながら調整力を最大限活用する:モデル予測制御(MPC)
④シミュレーションによる試算:中間期最大47%の低炭素化
⑤高度制御の普及への期待:ビルのスマート化
①電力GXのキーワード:動的CO2排出係数
動的CO2排出係数をご存じでしょうか?電力は火力発電での燃焼によってCO2を排出しています。現在、各事業者について年間の排出量[kg- CO2]を売電量[kWh]で除した年平均排出係数が公開されており、消費者はより低炭素な電力事業者を確認することができます。
しかし、火力発電の稼働状況や再生可能エネルギーの発電状況は時々刻々と変化するため、送電網に流れている電力の排出係数も時々刻々変化しているはずです。この動的な変化を表した排出係数が動的CO2排出係数【図1】です。
現在、事業者ごとの動的CO2排出係数は公開されていませんが、電力系統毎の値はある程度推定することができます。例えば、東京電力パワーグリッド株式会社では発電種別ごとの供給量を公表しています1)。特に近年情報が充実しており、2023年1月までは火力発電は内訳が公開されておらず、データ自体も1時間値だったのですが、2023年2月以降はLNGや石炭といった発電種別の発電量が30分値で公開されています。私が動的CO2排出係数を最初に試算した2018年ころは公開情報が限られていたため、火力発電量のうち、経済性の高い石炭火力発電所から稼働させるだろうといった仮定の下、1時間ごとの排出係数を推定していたのですが、現在はより高精度に推定ができるようになっています。このように情報が公開されることは、後述するような新しい制御技術の開発に役立つため、大変良い取り組みだと思います。
【図1】中間期一日の動的CO2排出係数の例
②大規模建築物のエネルギー調整力:蓄熱槽と冷凍機
動的CO2排出係数を活用すると、係数の低い昼間にエネルギーを貯めて、係数の高い夜間に放出する制御をすることで、より低炭素なシステム制御が可能になると考えられます。そこで期待されるのが業務用空調システムに導入される蓄熱槽と冷凍機です。【図2】は空調用熱源システムの一例ですが、大型の蓄熱槽3つと冷凍機が4台導入されています。本寄稿では、このシステムを対象に検討した低炭素な制御についてご紹介します2)。
このシステム自体は2006年ごろに建設されたもので、当時は夜間電力が安く、また冷凍機の効率も外気温度が低い夜間の方が高いという合理的な理由によりこのようなシステム構成が設計・施工されました。しかし、今回取り組もうとしている低炭素制御は全く逆で、昼間の排出係数が低い時間帯に冷凍機で冷熱を作り、蓄熱槽に貯めるというものです。空調システムは寿命が20~30年と言われていますが、その中でも社会的状況が大きく変動していることは大変興味深いです。
【図2】 対象の空調用熱源システム
③未来を予測しながら調整力を最大限活用する:モデル予測制御(MPC)
それでは、毎日昼間、同じ時間帯に蓄熱することが最も低炭素な制御になるのでしょうか?実はそうではありません。動的CO2排出係数は太陽光発電の変動の影響を大きく受けるため、晴れの日、雨の日といった天気や夏や冬といった季節による日射の変動の影響を大きく受けます。例えば、雨の日は排出係数が一日中ほぼ一定値となるため、冷凍機は動かさずに蓄熱槽に残っている熱を最大限活用することが望ましいです。この時、最も重要なことは、前日、晴れた日の昼間に最大限蓄熱しておくことです。そうしないと、翌日雨の昼間に使いたい熱が残っておらず、排出係数が高いにも関わらず冷凍機を運転する必要が生じてしまいます。つまり、冷凍機を翌日の状況も想定しながら運転することで、より低炭素な制御が実現できると考えられます。
このように、未来の予測をもとに制御することをモデル予測制御(MPC)と言います。MPCでは、その名の通りモデル(シミュレーション)を用いてどのような制御信号を出すべきかを毎時刻検討(最適化)し、その結果を実際の制御に反映します【図3】。
研究的には、この毎時刻検討(最適化)する、というのが重要なポイントで、例えば1秒ごとに制御の判断が必要な場合、最適化計算が1秒未満である必要があります。その場合、制御対象やモデルはかなり簡略化する必要があります。今回は冷凍機のON/OFFというかなりシンプルな制御対象とすることで、システムモデル(シミュレーション)は複雑なものを採用しました。というのも、蓄熱槽は温度がずれるといった不適切な制御がなされてしまうと途端に性能を発揮できなくなるシステムで、そのような状態を検出して避けるためには複雑なシミュレーション3)を組み込む必要があったためです。
【図3】 本研究でのMPCによる最適化概念
④シミュレーションによる試算:中間期最大47%の低炭素化
それでは早速、未来の予測をもとに制御するMPCによるCO2排出量の削減効果を見ていきましょう。《表1》に6月の代表的な一週間を対象にシミュレーションを行った結果を示します。ここでは、従来からの制御として22:00に蓄熱を開始する夜間蓄熱、蓄熱開始時間を8:00にずらすことで日中蓄熱する昼間蓄熱をベースラインに、MPCと結果を比較しました。
その結果、夜間蓄熱に対しては約47%、昼間蓄熱に対しても約13%もの削減効果があることが示されました。排出係数が低くなる昼間に蓄熱することで排出量を減らせることは図1からも容易に想像できますが、予測に基づく最適な制御をすることで、そこからさらに10%以上も削減可能性があることが分かりました。
《表1》6月代表週を対象としたシミュレーション結果
もう少し詳細な制御結果を見てみましょう。【図4】に昼間蓄熱とMPCの消費電力を比較したものを示します。このシステムは冷凍機の消費電力が支配的なため、消費電力が立ち上がっている時間帯は冷凍機が稼働している時間帯です。昼間蓄熱制御では昼間に定期的に冷凍機が稼働していることが分かりますが、MPCでは排出係数が低い時間帯に冷凍機が稼働し、蓄熱がなされていることが分かります。特に、赤線で囲った部分は日中も排出係数が高止まりしていますが、冷凍機の稼働は最小限にとどめられ、翌日の低排出係数な時間帯に長時間稼働していることが分かります。このような制御はまさにMPCの得意とするところで、その結果として10%以上の削減が可能になったと考えられます。
今回の試算は排出係数の変動が大きく、負荷が大きくなく蓄熱槽のポテンシャルを最大限活かせる中間期を対象としました。年間の試算では効果の絶対値自体は小さくなると思われますが、電力系統への貢献など今後の発展が期待されています。
【図4】 消費電力に見る制御状態の比較
⑤高度制御の普及への期待:ビルのスマート化
最後に、このような高度な制御をどのようにして社会実装していくか、現在の状況をお伝えします。(当然ですが)現状として、MPCのような高度な制御は普及していません。そこでカギとなるのが、ビルのスマート化であり、スマートビルとして近年産業界は実現するべく方策を模索しています4)。MPCのような高度な制御は、どの対象を、どのように制御し、その結果の適切性をどのように分析するか、といった様々な情報の処理が必要になります。そのための基盤としてデータモデルの重要性が指摘されています。
実は、蓄熱システムはデータの取り扱いに関して長い議論の歴史があります5)。蓄熱システムはメーカーが工場で作成する製品ではなく、システムとして建築物と一体的に構築し、継続的に運用を分析する必要があるためだと思われますが、その考え方自体は大変先駆的であったと思います。現在は建築物や設備のデータモデルについて、様々なオントロジーを組み合わせて適切に記述し、それを活用して技術を展開するフレームワークが盛んに議論されています。
先日、ASim2024という国際会議でアジア各国・地域やヨーロッパからの研究者が各々のフレームワークを共有していましたが、基本的には一緒で、データモデルを軸に、アプリケーションを開発し、展開可能性を高め、スマートビルを普及させる、というストーリーでした。蓄熱システムもこのようなフレームワークで扱えるようにすることで、導入障壁が低減されるかもしれません。
筆者も以前から同様のフレームワークを考えていましたが6)、MPCのような高度なアプリケーションの核であるモデル(シミュレーション)自体の発展も重要だと考えています。それによって、今回ご紹介したような試算が可能となり、その効果を示すことで重要性を議論できるようになるためです。今後も、高度なシミュレーションを軸に、より良いシステム制御について研究をしていければと考えています。
参考文献
1)東京電力パワーグリッド株式会社 WEBサイト,
https://www.tepco.co.jp/forecast/html/area_data-j.html (2024年12月閲覧)
2) 宮田 翔平, 桑原 康浩, 林 鍾衍, 赤司 泰義, 吉本 尚起, 動的 CO2 排出係数に基づいたモデル予測制御による熱源機器の低炭素制御, 日本建築学会環境系論文集, Vol.85 No.777, pp. 827-835, 2020年12月
3) Shohei Miyata, Shanrui Shi, Yasuhori Akashi, Takao Sawachi, Phyvac: a Python module for highly flexible HVAC system simulation, and fault dataset generation as an application example, Proceedings of Building Simulation 2023: 18th Conference of IBPSA, pp. 916-923, September 2023
4) IPA DADC, スマートビル総合ガイドライン, 2023年(令和5年)5月31日第1版
5) TCS21 WEBサイト, https://tsc21.jp/ (2024年12月閲覧)
6) 宮田 翔平, 赤司 泰義, スマートビル実現にBEMSが抱える課題と今後の期待 (特集 エネルギー分野におけるデジタル技術活用(2)需要サイド), エネルギー・資源, 43(1), pp.55-59, 2022.1
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